【現代語訳】

 月が替わった。このようにお焦りになるが、お出かけになることはとても無理である。「こうして物思いばかりしていたら、長生きもできないわが身だ」と、心細さが加わってお嘆きになる。
 大将殿は、少しのんびりしたころ、いつものように人目を忍んでお出かけになった。寺で仏などを拝みなさる。御誦経をおさせになる僧にお布施を与えたりして、夕方に、こちらには人目を忍んでだが、この方はひどく身を簡略になさるでもない。烏帽子に直衣姿がたいそう申し分なく美しい感じで、歩んでお入りになるなり、こちらが恥ずかしくなりそうで心配りが格別である。
 女君は、どうしてお会いできようかと、空にも目があって恐ろしく思われるので、強引であった方のご様子が自然と思い出されるにつけて、一方でこの方にお会いすることを考えると、ひどくつらい
「私は今まで何年も会っていた女の思いが、皆あなたに移ってしまいそうだ」とおっしゃったが、本当にその後はご気分が悪いと言って、どの方にもいつものようなご様子ではなく、御修法などと言って騒いでいるというのを聞くと、

「また、どのようにお聞きになってどのようにお思いになるだろうか」と思うにつけてたいそうつらい。
 この方はこの方でたいそう感じが格別で、考え深く、優美な態度で、久しく会わなかったご無沙汰のお詫びをおっしゃるのも言葉数多くなく、恋しい愛しいと直接には言わないが、いつも一緒にいられない恋の苦しさを、品がいい程度におっしゃるのが、言葉を尽くして言う以上に、たいそう胸に沁みると誰もが思うにちがいないような感じを身につけていらっしゃる人柄である。美しく魅力的なことは無論のこと、将来末長く信頼できる性格などが、この上なくまさっていらっしゃった。
「心外だと思われるような気持ちなどが、漏れてお耳に入った時は、とても大変なことになるであろう。不思議なほど正気もなく恋い焦がれていらっしゃる方を恋しいと思うのも、それはとてもとんでもなく軽率なことだわ。」

この方に嫌だと思われて、お忘れになってしまう心細さは、とても深くしみこんでいたので、思い乱れている様子を、

「途絶えていたこの幾月間に、すっかり男女の情理をわきまえ、成長したものだ。何もすることのない住処にいる間に、あらゆる物思いの限りを尽くしたのだろうよ」と御覧になるにつけても、気の毒なので、いつもより心をこめてお語らいになる。

 

《二月になっても匂宮は「お出かけになる」ことができません。宮の場合は用務があるというよりも、母中宮などの監視が厳しいのでしょう。

一方薫は一月下旬の司召しなども終わって「すこしのんびりした」ようで、宇治に出かけます。以前右近が使いの話として伝えていたとおり(第二章第二段)の訪れで、律儀な彼の誠意の表し方です。そして彼の場合は、行っても、真っすぐに浮舟の所へなどということはなく、手順を踏んで、周囲の者たちを納得させて、やおら夜になってからのお訪ねです。

 さて、浮舟の方は、本当はどの面下げて会えようか、といった気持ちですが、もちろん会わないわけにはいきません。

彼が部屋に入って来る気配がします。「こちらが恥ずかしくなりそうで心配りが格別」な薫の姿を感じながら、彼女は匂宮の面影を思い浮かべてしまっています。

そしていよいよ向き合うとなると、彼女は薫に会ったことを匂宮が聞いたら「どのようにお思いになるだろうか」と思うと、「まことにつらい(原文・いと苦し)」のでした。どうやら浮舟の心情はすっかり匂宮に傾いているように見えます。

しかし実際に会ってみると、この方はこの方で、もちろんたいそう感じが格別で、考え深く、優美な態度で」申し分ありません。もっとも、「申し分なく美しい感じ(原文・あらまほしくきよげにて)」であって、ここでもやはり「きよげ」という第二等(第二章第八段)の表現が使われています。素晴らしいと言っても、匂宮のようには胸がときめくほどではない、ということの現れでしょうか。

 そうは言っても、「将来末長く信頼できる性格などが、この上なくまさっていらっしゃ」るのであって、当時の女性たちの現実面での極めて重要な関心事である点については、こちらが上であることは明々白々です。ここで匂宮を「強引であった方」とか、「不思議なほど正気もなく恋い焦がれていらっしゃる方」と呼んでいるのは、そういう薫の安定感との対比を強調することになってもいるようです。

そういう薫に、自分が「心外だと思われるような(匂宮に対する)気持ち」を抱いているということが知られたら、将来の安定を取り上げられてしまうに違いなく、「とんでもなく軽率なこと」ことなのだと思われて、浮舟は「思い乱れて」います。

 薫はそんなことは知りませんから、その思い乱れている様子を、自分が長く訪ねなかったことを悲しみ怨んで見せているのだと思い込んで、この人も女らしくなったと喜び、ますます優しく言葉をかけます。

浮舟はいっそうつらい思いになります。》

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