【現代語訳】

 仮の住まいは所在なくて、庭の草もうっとうしい気がするのに、卑しい東国の声をした連中ばかりが出入りして、慰めとして見ることのできる前栽の花もない。手入れがしてなくて、気分も晴れないまま明かし暮らしていて、宮の上のご様子を思い出すと、娘心には恋しいのだった。困ったことをなさった方のご様子も、やはり思い出されて、
「どういうことだったのだろう。とてもいろいろと心を込めたようにおっしゃっていたことだ」。
 立ち去った後の御移り香がまだ残っている気がして、恐ろしかったことも思い出される。
 母君が、「たつや」と、とてもしみじみとした手紙を書いてお寄こしになる。「並々ならずおいたわしく気づかってくださるようなのに、その効もないような扱いを受けること」とつい泣けてきて、
「どんなに所在なく、落ち着かない気がなさっていることでしょう。しばらく隠れてお過ごしなさい」とあるのに対する返事に、
「所在ないことなどは、何でもありません。気が楽で。

 ひたぶるにうれしからまし世の中にあらぬところと思はましかば

(一途に嬉しいことでしょう、もしここが世の中で別の世界だと思えるならば)」
と、子供っぽく詠んだのを見ながら、ほろほろと泣いて、

「このように行方も定めずふらふらさせていること」と、ひどく悲しいので、
「 憂き世にはあらぬところをもとめても君がさかりを見るよしもがな

(憂き世ではない所を尋ねてでも、あなたの盛りの世を見たいものです」
と、素直な思いのままに詠み交わして、心の憂さを慰めるのであった。

 

《さて、少将のことはともかくとして、また北の方の思いは思いとして、浮舟は、二条院とはうって変わったわび住いになり、「気分も晴れないまま明かし暮らして」います。

 思うのは、二条院のことばかり。何と言っても中の宮のあの優雅なたたずまいが懐かしく思われるのですが、それとともに、やはり匂宮のことが脳裏から離れません。あの時はただ怖い一心だったのですが、思い返してみると、胸のときめくような気もします。

 あの時あの方はいろいろお話しかけになっていた(第四章第三段2節)ようだけれど、あれはどういう意味のお言葉だったのだろうか、気が動顚していてろくに耳に入らなかったのだが、今思えば「とてもいろいろと心を込めたようにおっしゃっていたことだ」、…。

 北の方が手紙をよこしました。こういう優しさに触れると、「(世話していただく)効もないような扱いを受けること」と恥じ入るしかありません。

 少将には不名誉な形で縁談を断られ、匂宮にはとんでもないことを仕掛けられたことをさしていると思われますが、本当は相手の問題で彼女自身のせいではないのっですが、そういう目に遭うことを身の不徳の致すところ、自分の至らなさと考えているようです。

 歌の気持ちは、ここは所在ない住処ですが、これがあの恥ずかしい出来事も忘れることのできる別の世界だったら、どんなにうれしいことでしょうか、でも実際は、あのことが忘れられずただ恥じ入るばかりです、といったところでしょうか。「子供っぽく」は「思い詰めた理屈っぽい歌の詠みぶりを言う」(『集成』)のだそうです。

 母はそれに対して「浮舟の栄華のためなら、どんなことでもしたい」(同)と送って、元気づけようとします。

 途中、「たつや」は、原文は「母君たつやと」とあって、「諸本異同はないが、解しがたい」(『集成』)とされています。》

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