【現代語訳】

 絵などを取り出させて、右近に詞書を読ませて御覧になると、向かい合って恥ずかしがっていることもおできになれず、熱心に御覧になっている燈火の姿は、まったくこれという欠点もなく、目鼻立ちが整って美しい。額の具合、目もとがほんのりと匂うような感じがして、とてもおっとりとした上品さは、まるで亡くなった姫君かと思い出されるので、絵は特に目もお止めにならず、
「とてもよく似た器量の人だこと。どうしてこんなにも似ているのであろう。亡き父宮にとてもよくお似申していらっしゃるようだ。亡き姫君は、父宮の御方に、私は母上にお似申していたと、老女たちは言っていたようだ。なるほど、似た人はひどく懐かしいものでであること」とお比べになると、涙ぐんで御覧になる。
「姉君は、この上なく上品で気高い感じがする一方で、やさしく柔らかく、度が過ぎるくらいなよなよともの柔らかくいらっしゃった。
 この妹君は、まだ態度が初々しくて万事を遠慮がちにばかり思っているせいか、見栄えのする優雅さという点で劣っているけれども、重々しい雰囲気だけでもついたならば、大将がお相手になさるにも、まったく不都合ではあるまい」などと、姉心にお世話がやかれなさる。
 お話などなさって、暁方になってお寝みになる。横に寝させなさって、故父宮のお話や、生前のご様子などを、ぽつりぽつりとお話しになる。とても会いたく、お目にかかれずに終わってしまったことを、たいそう残念に悲しいと思っている。

昨夜の事情を知っている女房たちは、
「どうしたのでしょうね。とてもかわいらしいご様子でしたが。どんなにおかわいがりになっても、その効がないでしょうね。かわいそうなこと」と言うと、右近が、
「そうでもありません。あの乳母が、私をつかまえてとりとめもなく愚痴をこぼした様子では、何もなかったと言っていました。宮も、会っても会わないような意味の古歌を、口ずさんでいらっしゃいました」
「さあね。わざとそう言ったのかも。それは、分かりませんわ」
「昨夜の燈火の姿がとてもおっとりしていたのも、何かあったようにはお見えになりませんでした」などと、ひそひそ言って気の毒がる。

 

 

《中の宮は浮舟を慰めようと、物語絵を出して右近に読ませて、一緒に見ています。まさか『源氏物語』ではないでしょうが。

 彼女は、物語よりも浮舟の横顔の方を熱心に見ているようです。ずいぶん容貌の美しい娘のようで、以前にもちょっと触れましたが、大君は、少なくとも中の宮と比べてはあまり美人ではなかったはずで(最初の登場の時、妹君はその容貌が、そして姉君はそのたたずまいの優雅さが称えられていました・橋姫の巻第三章第三段)、この美しい娘が「まるで亡くなった姫君かと思い出される」というのは、ちょっと引っ掛かりますが、まあ、そういうこともあるのだということにしておきます。とにかく浮舟は、大君にそっくりの美しい娘だったのです。

 その夜、中の宮は浮舟を泊まらせて、床を並べて父宮の思い出話を語って聞かせますが、 そこで一転して、別の部屋の女房たちのひそひそ話を語ったところがリアリズムでいい感じです。

 「どんなにおかわいがりになっても、…」は匂宮のお手がついたと思っている女房、それに対して右近が「乳母が、…何もなかったと言っていました」と保証して聞かせます。あくまでも、何かがあってほしい気のするゴシップ好きの女房は「さあね、…」と問題を残そうとしますが、もう一度「何かあったようにはお見えになりませんでした」と念を押します。

 これで読者も納得しなければなりません。どうやら、この場は何とか過ぎたようですが、後に不安が残った格好です。》

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