【現代語訳】

 こうして、あの少将は、約束した月を待ちきれないで、同じことなら早くと催促したので、自分の考え一つでこのように急ぐのもたいそう気がひけて、相手の心の知りにくいことを思って、初めから取り次いだ人が来たので、近くに呼んで相談する。
「いろいろと気兼ねすることがありますが、何か月もこのようにおっしゃって月日が経って、並みの身分の方でもいらっしゃらないので、もったいなく心苦しくてこの縁組を決心しましたが、父親などもいらっしゃらない娘なので、自分一人が世話するようなことで、はた目にも見苦しく行き届かない点がありましょうかと、今から心配しています。
 若い娘たちは大勢いますが、世話する父親がいる者は、自然と何とかなろうと任せる気になりまして、この姫君のことばかりが、はかないこの世を見るにつけても、不安でたまらないので、ものの情を弁えるお方と聞いて、このようにいろいろと遠慮を忘れてしまいそうなのも、もし意外なお気持ちが見えたら、物笑いにになって悲しいことでしょう」と言ったのを、少将の君のもとに参って、
「これこれしかじかでした」と申したところ、機嫌が悪くなった。
「初めから全く、介の娘でないということを聞かなかった。同じ結婚であるが、人聞きも劣った気がして、出入りするにも良くないことであろう。詳しく調べもしないで、いいかげんなことを伝えたことだ」とおっしゃるので、困りきって、
「詳しくは存じません。女房たちの知り合いのつてで、お願いを伝え始めたのでしたが、娘たちの中で大切にお世話している娘とばかり聞きましたので、介の娘であろうと存じました。他の人の娘を連れておいでだったとは、お尋ねもしませんでした。
 器量や、気立てもすぐれていらっしゃることや、母上がかわいがっていらっしゃって、晴れがましく面目のたつようにしようと、大切にお育てしていると聞いておりましたので、何とかあの介の家と縁組を取り持ってくれる人がいないものか、とおっしゃいましたので、あるつてを存じておりますと、申し上げたのです。まったく、いいかげんなというお咎めを受けることはないはずです」と、腹黒く口数の多い者で、こう申すと、少将の君は、まったく上品さのない様子で
「あのような受領ふぜいの家に通って行くのは、誰も好いことだとは認めないことだが、当節よくあることで咎めもあるまいし、婿を大切に世話することで欠点を隠している例もあるようだが、実の娘と同じように内々では思っても、世間の思惑では頭を下げているように人は言うだろう。
 源少納言や讃岐守などが威張った感じで出入りするのに、常陸介からも少しも認められずに婿入りするのは、実に不面目であろう」とおっしゃる。

 

《介と北の方の間でちょっとした軋轢があっているところに、少将から八月という結婚を繰り上げてほしいと言ってきました。

 北の方が、自分一人で話を決めてきたことも気になっており、変更を求めて来た少将の思惑も計りかねていたところに、ちょうど仲人役の人がやって来ました。少将に言われて、繰り上げの相談にでも来たのでしょうか、近くに呼び寄せて腹を割った相談をします。

 彼女は何と言っても父親がいないということが第一に気になっていたようです。「ものの情を弁えるお方と聞いて」お受けしましたが、本当に大丈夫なのでしょうか、…。

 仲人役はその話をもって、少将のところに行きます。少将にしてみれば、繰り上げの返事でも持ってきたかと思えば、初めて聞く、実は介の娘ではないという話、「詳しく調べもしないで、いいかげんなことを伝えて」と怒り出してしまいました。

 ここと、この段の終わりに「おっしゃる(原文・のたまふ)」とあって、「この、物語の主人公ならざる少将に敬語がつく」と『評釈』が指摘、「物語の舞台が、それほど低くなっていることを示す」と言いますが、それ以外のところは、例えば初めの「早くと催促した」とか、また「機嫌が悪くなった」などには敬語がありません。作者はこの少将を、いっぱしのことを言うと、からかっているのではないでしょうか。

 それより北の方が、「並みの身分の方でもいらっしゃらない」と、この少将にたいへん丁寧な言い方をしていることが注目されます。「常陸介」は従五位上、「近衛少将」は正五位下で一階級の違いですが、それが大きいのでしょうか。

ちなみに、たまたま目についたところで『講座』所収「中将の君」(武者小路辰子著)は「少将というと上流階級に属する。…しかし少数の権勢家をのぞいて、上流から脱落していく例は多くあった」と言いますから、微妙な地位になるのでしょうが、介から見れば「上流」であることは間違いなかったようです。

ともかく北の方にとってはありがたい話という気持ちのようで、逆に少将は、後に「受領ふぜいの家に」とも言っているように、上から目線に感じられます。

 怒られて、仲人役は懸命の弁解ですが、少将は、介の実の娘でなければ、介からの経済的後援は得られないし、源少納言や讃岐守(実娘の婿たちと思われます)と一緒になっても「不面目」だと、「まったく上品さのない様子で」あからさまに「おっしゃる」のでした。》

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