【現代語訳】

「こうして、やはり、何とか安心できる後見人として終えようと思うとおりにはならず、心にかかって苦しいので、お手紙などを以前よりはこまやかに書いて、ややもすると胸に抑えておけない様子を見せながらお話し申し上げなさるのを、女君は、たいそうつらいことが身に添った身だとお嘆きになる。
「まったく知らない人なら、何と常識はずれなと、突き放して放っておくのも簡単なことだが、昔から普通とは違った形っでずっと頼りにして来ていて、今さら仲悪くするのも、かえって人目に変だろうし、そうは言ってもやはり、いい加減ではないお気持ちやご好意が心からのものであることを分からないわけでない。そうかといって、相手の気持ちを受け入れたように応対するのもまことに憚られることだし、どうしたらいいものだろう」と、あれこれとお悩みになる。
 お仕えする女房たちも、少し相談のしがいのあるような若い女房はみな新参で、見慣れている者としてはあの山里の老女たちである。悩んでいる気持ちを、同じ立場で親身に相談できる人がいないままに、故姫君をお思い出し申し上げない時はない。
「生きていらっしゃったら、この人もこのようなお悩みをお持ちにはならなかっただろう」と、とても悲しく、宮が冷淡におなりになる嘆きよりも、このことがたいそう苦しく思われる

 

《小見出しには「それぞれの苦悩」とありますが、中の宮の方は「苦悩」で分かるとしても、薫の方は自分の気持ちが揺れて定まらないだけではないか、という気がします。

 彼は、中の宮を恋しく思ってはいるのですが、それは「声なども、特に似ていらっしゃるとは思われなかったが、不思議なまでにあの方そっくりに思われるので」(第二章第六段)ともあったようにもともと大君の面影を追ってのことで、中の宮自身をいとおしく思う気持ちは匂宮の方が真っすぐな感じがするくらいです。

また一方で、少し強引に出る気になれば契りを結ぶ機会がなかったわけではないのですが、それも結局しないで来ました。それは、一応は「何とか安心で分別のある後見人として終えよう」という気持ちからと思われますが、また違ったところからも来ているのかも知れません。

彼には、公認で相手も同意の相手でなければそういうことはできないという、倫理観というか気弱さというか、そういうようなものがあるのではないでしょうか。むしろ、安心な後見人云々という理由は、あの「腹帯」の一件(第四章第八段)がそうであったように、強引なことをしないことの、ただの言い訳のように聞こえなくもありません。

それに対して中の宮の方は、はっきりしています。すでに彼女には、自分が頼るべきは匂宮しかないと気持ちが決まっています(第二段)。そのうえで、自分が薫の「いい加減ではないお気持ちやご好意」をありがたく思っていることと、薫が過度に近づいてくるのを防がねばならないということのバランスのとり方が難しいのです。

身の回りの女房には、そういう微妙な問題を相談できるような者がいません。彼女はまたしても姉を思い出します。

さて、困った挙句、彼女は「宮が冷淡におなりになる嘆きよりも、このことがたいそう苦しく思われる」のだったと言いますが、それは、「後見人の横恋慕は処置に窮するのである」(『評釈』)というよりも、実生活上ではともかく、彼女の心の中では、匂宮よりも薫の方の存在の方が重いと言っていることになりそうです。

非常に難しい立場ありながら、自分の気持ちは極めて明確に把握していて、ただそこでの自分の行動のバランスのとり方に心を配っている、という、実に現実的でしたたかな、言い換えれば賢くしなやかな、女性に見えてきます。》

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