【現代語訳】

 中納言の君は、このように宮が籠もっておいでになるのを聞くにも、自分が情けなく思われるが、
「しかたのないことだ。これは自分の心が馬鹿らしく悪いことだ。安心な後見人としてお世話し始めた方のことを、このように思ってよいことだろうか」と無理に反省して、

「そうは言ってもお見捨てにはならないようだ」と、嬉しくもあり、

「女房たちの様子などが、やさしい感じに着古した感じのようだ」と思いやりなさって、母宮の御方にお渡りになって、
「適当な出来合いの衣類はございませんか。使いたいことが」などと申し上げなさると、
「例の、来月の御法事の布施に、白い物はありましょうか。染めた物などは、今は特別に置いておかないので、急いで作らせましょう」とおっしゃるので、
「構いません。大したことに使うのではありません。ありあわせで結構です」と言って、御匣殿などにお問い合わせになって、女の装束類を何領もに、細長類もありあわせで、染めてない絹や綾などをお揃えになる。ご本人のお召し物と思われるのは、自分のお召し物にあった紅の砧の擣目の美しいものに、幾重もの白い綾など、たくさんお重ねになったが、袴の付属品はなかったので、どういうふうにしたのか、裳の引き紐が一本あったのを、結びつけなさって、
「 むすびける契りことなる下紐をただひとすじにうらみやはする

(結んだ契りの相手が違うので、今さらどうして一途に恨んだりしましょうか)」
 大輔の君といって、年配の者で、気心の知れた者におやりになる。
「とりあえず見苦しい点を、適当に隠しくお使いください」などとおっしゃって、主人のお召し物は、こっそりとではあるが、箱に入れて包みも格別である。御覧には入れないないが、以前からも、このようなお心配りはいつものことで見慣れているので、わざとらしくお返しするなど、ごたごたするべきことでないので、どうしたものかと思案することもせず、女房たちに配り分けなどしたので、それぞれ仕立てなどする。
 若い女房たちで御前近くにお仕えする者などは、特別に着飾らせるのがよいのだ。下仕えの者たちが、ひどくよれよれになった姿などに、白い袷などを着て、派手でないのはかえって見よいのであった。

 

《匂宮が中の宮のところに籠っていると聞いて、薫の気持ちは穏やかではなく、どうして譲ってしまったのだろうと臍を噛む気持ちですが、さしあたっては「安心な後見人としてお世話」しようと「無理に反省して」、匂宮が、六の君と結婚してもなお大事にしてくれていると聞けば、ほっとした気持ちにもなります。

 さて「後見人」の役割を果たさねばなりません。そこで、お付きの女房たちの来ているものが「着古した感じのようだ」と思い出して、それを手配することにしました。

 それではと、品物を求めたのが母親のところだというのが、何とも意外です。もちろんそこに行けば、何と言っても二品の宮(若菜下の巻第三章第一段)ですから、物は揃うのでしょうが、薫もいい歳をした中納言であってみれば、母に頼まずとも、何とかしてほしい気がします。当時としては当たり前のことだったのでしょうか。

 さいわい、来月行う恒例の法要(匂兵部卿の巻第二章第一段)の布施として準備されていたものがありましたので、それをもらいます。それは、女房たち用のもので、中の宮本人のものは薫が自分のものを届けることにしました。男への賜り物に女性の衣裳が送られるということがあって、それはいろいろに使い道がありそうですが、男性のものを女性に贈ってそれが普通に使えるというのは意外な気がします。共用できたのでしょうか。

 そしてその中の宮宛の品だけは「こっそりとではあるが、箱にいた入れて」ありました。『評釈』が「元来、女性に経済力がない時、男性から衣装などを贈るものだが、反対に贈り物をいただくことは、経済力の無さを見すかされているようで、女性にとってはつらいこと」だと言います。このままでは意味不明の文章で、たぶん初めの方の女性と男性を入れ替えて読むとここの説明になるのでしょう。

 女房たちへだけなら「禄」とでも考えられるわけですが、主人(中の宮)へはそうもいいかないので、一目で宮のものと分かるようなものは箱に入れて(その方が目立つとも言えますが、一応それが何であるか、表向きは分からない形にして)、「気心の知れた」大輔の君宛に届けて、措置をまかせたということでしょうか。

 いずれにしても、自分の内心の思いをぐっと抑えて、細かい心配りの利いた贈り物、ということです。大変に素晴らしい人だということになりますが、何か痛々しく切ない気もします。

 その中の宮への箱に歌を添えたのですが、「うらみやはする」と言いながら、むしろ恨んでいることを伝えることにしかならず、言わない方がよかったような気がします

終わりの「若い女房は…」、「下仕えの者たちは…」は作者の「教訓」(『評釈』)のようです。》

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