【現代語訳】2

寝起きのご容貌がたいそうすばらしく見栄えがする様子でお入りになったので、臥せっているのもいけないと、少し起き上がっていらっしゃると、ちょっと赤くおなりになった顔の美しさなどが、今朝は特にいつもより格別に美しさが増してお見えになるので、思わず涙ぐまれて暫くの間お見つめ申し上げなさると、恥ずかしくお思いになってうつ伏しなさる、その髪のかかり具合や生え際などが、やはりまたとなく美しい。
 宮も何となくきまりが悪いので、心の籠った言葉などはすぐには口におできになれない照れ隠しであろうか、
「どうしてこういつも苦しそうなご様子なのでしょう。暑いころのゆえとかおっしゃっていたので、早く涼しい時期にと待っていたのに、なおすっきりしないのは、困ったことですね。いろいろとさせていたこともなぜか効果がない気がする。そうはいっても、修法はまた延長するのがよいだろう。効験のある僧はいないだろうか。何某僧都を、夜居に伺候させればよかった」など、といったような実際的なことをおっしゃるので、こんなことにも調子のよいのは嫌な気がなさるが、全然お返事申し上げないのもいつもと違うことになるので、
「昔も、人と違った様子で、このようなことはありましたが、自然と好くなったものです」 とおっしゃるので、
「とてもよくまあ、さっぱりしたものですね」とにっこりして、

「やさしくかわいらしい点ではこの人に並ぶ者はいない」とは思いながら、やはりまた、早く逢いたい方への焦りの気持ちもお加わりになっているのは、ご愛情も並々ではないのであろうよ。

 

《夕霧邸の六の君のところから帰って来てひと眠りした匂宮が、「たいそうすばらしく見栄えがする様子で」、中の宮のところにやってきました。

中の宮は起き上がって迎えます。「臥せっているのもいけないと」というのが大切なところで、本当は焼きもちを焼いて嫌がらせに知らん顔をしていたいような気持だけれども、しかし、と自制して迎えるあたり、以前宇治で、長い間遠の末の訪れてきた匂宮を、言葉は交わしながら部屋には入れなかった(総角の巻第七章第六段)のと対照的な振る舞いですが、それぞれにこの人の賢明さが思われます。

もちろんここの場合、そうせざるを得ない弱い立場になったからだと考えることもできますが、先に引いたことのある「一般にこの物語の女性たちには、こうした場合に功利的に、または現実的に対応する態度をとら」ない(『講座』所収・大君の死)という見方はここでも妥当するように思われ、彼女は、妻のあるべき姿としてこのように振舞っているのだと考える方が、後の匂宮の反応も自然に受け止められます。

 「宮も、何となくきまりが悪いので心の籠った言葉などはすぐには口におできになれない」というのは、そういう中の宮に気圧されるような気持ちと言えないでしょうか。

 匂宮はなんとかその場を取り繕おうと、中の宮の気を引くように実際的な気遣いを示すのですが、中の宮はそれをさらりと受け流して、新しい事態を気にするそぶりを見せません。

ところで、冒頭の「寝起き(原文・寝くたれ)のご容貌がたいそうすばらしく見栄えがする」というようなことがあるのだろうかと、ちょっと気になりました。そこでネットを見てみると「夕霧の寝くたれ顔」(山口正代著)というレポートがあって、『源氏物語』に登場する「寝くたれ顔」の四相がつづられています。もっとも、残念ながらここでの私の疑問の参考にはなりませんでしたが、やはり気に留められる人があるところなのだと、ちょっと安心しました。にわかには理解しにくい美意識ですが、普段きちんとした人がたまにしどけない様子であるのも色っぽい、というようなところでしょうか。

また、中の宮の「ちょっと赤くおなりになった顔」を、『集成』が「昨夜泣き明かした名残りであろう」と言いますが、それで「いつもより格別に美しさが増して」というのは無理があるような気がします。寝起きで赤らんでいるのだと考える方が、色っぽくもあって、いいと思うのですが…。》

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