【現代語訳】1

「幼いころから心細く悲しい身の上の姉妹で、世の中に執着をお持ちの様子でなかった父宮お一方をお頼り申し上げて、あのような山里に何年も過ごしてきたが、いつも所在ない寂しい生活ではあったけれども、とてもこのように心にしみてこの世が嫌なものだと思わなかったのに、引き続いて思いがけない肉親の死に遭って悲しんだ時は、この世にまた生き遺って片時も生き続けようとは思えず、悲しく恋しいことの例はあるまいと思ったところを、命長く今まで生き永らえてみると、皆が思っていたほどよりは人並みになったような有様が長く続くこととは思わないが、一緒にいる限りは憎めないご愛情やお扱いであるので、だんだんと悩むことが薄らいできていたのに、この度の身のつらさは、言いようもなく、おしまいだと思われることであった。
 跡形もなくすっかりお亡くなりになってしまった方々よりは、いくらなんでも宮とは時々でも何でお会いできないことがあるだろうかと思うべきなのだが、今夜このように見捨ててお出かけになるつらさは、後先考えられなくなって心細く悲しいのが、自分の心ながらも晴らしようもなく、情けなくもあることだ。自然と生き永らえていればまた」などと気持ちを慰めるようなことを思うと、さらに「姨捨山の(いっそう悲しい思いを募らせる)」月が澄み昇って、夜が更けて行くにつれて千々に心が乱れなさる。

 

《さっきまで二人でいた月の光の中で、今は一人になって、中の宮は涙ながらに我が身の上を振り返ります。普通に訳すと逆接に続く逆接で、思い乱れている折とは言え、読む方が混乱しそうです。おこがましいながら、私流に言い換えますと、以下のようでしょうか。

幼いころからずっと、浮世を離れたような父の側での暮らしに慣れて、これといった不満もなくのどかに、父のいない暮らしなど思ってもみないで過ごして来て、いざ父が亡くなったときには、一度はそこで一緒に人生が終わってしまったように思ったのだったが、思いの外に生き延びたところ、都の貴人に迎えられるなどという「皆が思っていたほどよりは人並みになったような有様」になって、望外のことで多くを期待したのではなかったものの、それでも男の優しさに幸せな気持ちになれていたのに、今度こうしてその男がどうやら正室を迎えるらしいことになってみると、思ったよりもつらく思われて今度こそもう「おしまいだと思われることであった」…。

いや、ここまで書いて読み返すと、やはりまだしも訳文の方が哀切の感がうかがえるという気がしてきましたが、ダイジェストすればこういうこと、ということで残しておきます。

そうは言っても、もう二度と逢うことはできないあの恋しい父上や姉上とは違って、この男君には、時々はお逢いできるだろうから、それが自分の分と言うものと思うべきなのだろうが、そうも思えず、「自分の心ながらも晴らしようもなく、情けなくもあることだ」、いやいや、やはりそんなふうに思ってはならない、「自然と生き永らえていればまた」少しはいい日が巡ってくるかもしれないのだ、…。

必死の思いで心を鎮めようとする中の宮ですが、「そんな望みを打ち砕くような非情な月が空高くに冴えて」彼女を照らしています。月の光は、明るければ明るいほど、時に人の孤独感をかきたてるものです。》

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