【現代語訳】

 御前に近い紅梅が、花も香も心惹かれる風情なので、鴬でさえ見過ごしがたそうに鳴いて飛び移るようなのだから、まして「春や昔の(大君のいらっしゃらない春は寂しいことだ)」と心を惑わしなさる同士のお話で、折からひとしお悲しみが深い。風がさっと吹いて入ってくると、花の香も客人のお匂いも、橘ではないが、昔が思い出されるよすがである。

「所在なさを紛らすにも、世の憂さの慰めにも、心をとめて御覧なさったものを」などと、胸に堪えかねるので、
「 見る人もあらしにまよふ山里に昔おぼゆる花の香ぞする

(花を見る人もいなくなってしまう、嵐の吹き乱れる山里に、昔を思い出させる花の

香が匂っています)」
 言うともなくかすかにとぎれとぎれに聞こえるのを、慕わしそうにちょっと口ずさんで、
「 袖ふれし梅はかはらぬにほひにて根ごめうつろふ宿やことなる

(昔楽しまれた梅は今も変わらぬ匂いですが、すっかり移ってしまう邸は、もう他人

の所なのでしょうか)」
 止まらない涙を形よく拭い隠して、言葉数多くもなく、
「またやはり、このように親しくお会いできてこそ、何事もお話し申し上げやすいことでしょう」などと、申し上げておいてお立ちになった。
 お引越しに必要な支度を人びとにお指図しておかれる。この邸の留守番役として、あの鬚がちの宿直人などが仕えることになっているので、この近辺の御荘園の者どもなどに、そのことをお命じになるなど、生活面の事まで定めおきなさる。

 

《それぞれに違ったことを思っている二人ですが、元となるのは大君がいないことを悲しむ気持ちであるというのは同じで、ここでは庭の紅梅がその心を結び合わせるよすがとなりました。

 二人は同じように黙ってその鶯に大君を偲んでいます。風が吹いて梅が香り(珍しく薫の香りも触れられます)、そぞろ過ぎ去った時が恋しく思われます。中の宮が、湧き上がる思いに堪えかねるようにそっと歌を口にしますと、薫が耳聡く聞きとって、自分の口で繰り返し、そして歌を返します。

 これがこの地でのいっさいの見納めと思うと、薫は薫で、言い難い思いがあって、「言葉数多くもなく」立ち上がりました。

 そして気を取り直して、様々な実務を怠りなく処理します。

 ところで、考えてみると、私たちは梅と言えば普通白梅を思い浮かべますが、この物語では紫の上が幼い匂宮に二条院を託したのも紅梅を見ながらでしたし、「紅梅」という巻もあるというように、白梅よりも大きな役割をもらっているようです。そう言えば「枕草子」にも「木の花は濃きも薄きも紅梅」(『集成』本第三十四段)とありますし、下って花札の梅にも紅梅が描かれているようです。

ただ、またつまらぬリアリズムですが、私の印象では、紅梅は白梅のように香りが強くはないような気がするので(実はネットで見ると、「花王」の研究・「梅の花の香りを分析」にもそういうデータが載っていました)、ここには文学的脚色があろうかと思われます。》

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