【現代語訳】1

 たいそう暗くなったころに宮からお使いが来る。折から、少し物思いも慰んだことであろう。御方はすぐには御覧にならない。
「やはり、素直におおらかにお返事申し上げなさい。このまま亡くなってしまったら、この方よりもさらにひどい目にお遭わせ申す人が現れて来ようか、と心配です。時たまでもこの方がお思い出し申し上げなさるなら、そのようなとんでもない料簡を使う人はいますまいと思うので、つらいけれども頼りにしています」と申し上げなさると、
「置き去りにしていこうとお思いなのは、ひどいことです」と、ますます顔を襟元にお入れになる。
「寿命というものがあるので、片時も生き残っていまいと思っていたが、よくぞ生き永らえてきたものだった、と思っていますよ。『明日知らぬ(明日の分からない)』世なのに、さすがに悲しいのも、誰のために惜しい命かお分かりでしょう」と言って、大殿油をお召しになって御覧になる。
 例によって、こまごまとお書きになって、

「 ながむるは同じ雲居をいかなればおぼつかなさを添ふる時雨ぞ

(眺めているのは同じ空なのに、どうしてこうも会いたい気持ちをつのらせる時雨な

のか)」
「かく袖ひつる(時雨にこれほど袖を濡らしたことはなかった)」などということも書いてあったのであろうか、耳慣れた文句なのを、やはりお義理だけの手紙と見るにつけても、恨めしさがおつのりになる。あれほど類まれなご様子やご器量を、ますます、何とかして女たちに誉められようと、色っぽくしゃれて振る舞っていらっしゃるので、若い女の方が心をお寄せ申し上げなさるのも、もっともなことである。

時が過ぎるにつけても恋しく、

「あれほどたいそうなお約束なさっていたのだから、いくら何でも、とてもこのまま終わりになることはない」と考え直す気に、いつもなるのであった。

 

《匂宮から待ちに待った便りが届きました。中の宮を「御方」と呼んで、「匂宮の夫人、という気持ち」(『集成』)です。

しかしすぐに開いてみるというような軽々しい振る舞いをしない、または女房たちの目を憚ってできない、と少し頑張っている感じを出します。

 それを姉が優しくなだめます。あの方とご縁ができた以上は、そんなに頑張らなくていいから、その縁を大事にするように、素直にご返事を書きなさい。そうすれば、多少薄い縁でも、あの方のご威勢を憚って、妙な男が声を掛けてきたりすることだけはないでしょう。そうすれば、私がいなくなった後も、少しは安心なのです。…。

 しかし、そんなふうに言われると、中の宮は、宮のことよりも「私がいなくなった後」という言葉の方がショックで、泣き出してしまいました。

 それをまたなだめながら、大君は自分から先に宮の手紙を開いて見ます。それは「こまごまとお書きになって」いたのですが、大君から見るとたいへん物足りなかったようで、「耳慣れた文句」ばかりで「やはりお義理だけの手紙」だと思われ、あんなに待たせておいて、たったこればかりかと「恨めしさがおつのりになる」のでした。

 しかし、あれほど魅力的な宮が、思いを込めて訪ねてきて、そのお相手をした当の中の宮は違っていて、すっかり心を惹かれています。姉が保護者として不足に思うような手紙でも、当の彼女はその手紙を受け取っただけで嬉しく、改めて宮がささやいてくれた約束事がそのまま信じられることのような気がしてくるのです。》

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