【現代語訳】

 宮は、すぐその後、いつものように人目に隠れてとご出立なさったが、内裏で、
「このようなお忍び事によって、山里へのご外出も簡単にお考えになるのです。軽々しいお振舞いだと、世間の人も蔭で非難申しているそうです」と、衛門督がそっとお耳に入れ申し上げなさったので、中宮もお聞きになって困り、主上もますますお許しにならない御様子で、
「だいたいが気まま放題の里住みが悪いのだ」と、厳しいことが出てきて、内裏にぴったりとご伺候させ申し上げなさる。右の大殿の六の君を、ご承知せず思っていらっしゃることだが、無理にも差し上げなさるよう、すべて取り決められる。
 中納言殿がお聞きになって、具合の悪いことになったとあれこれ思案なさる。
「自分があまりに変わり者なのだ。そうなるような因縁であったのだろうか。親王が不安であるとご心配になっていた様子もお気の毒で忘れがたく、この姫君たちのご様子や人柄も、格別なこともなくて世に朽ちてお行きになることが惜しくも思われるあまりに、人並みにして差し上げたいと、不思議なまでお世話せずにはいられなかったところ、宮もあいにくに身を入れてお責めになったので、自分の思いを寄せている人は別なのだが、お譲りになるのもおもしろくないので、このように取り計らってきたのに。
 考えてみれば、悔しいことだ。どちらも自分のものとしてお世話するのを非難するような人はいないのだ」と、元に戻ることはできないが愚かしく、自分一人で思い悩んでいらっしゃる。
 宮は、それ以上にお心にかからない折はなく、恋しく気がかりだとお思いになる。
「お心に気に入ってお思いの人がいるならば、ここに参らせて、普通通りに穏やかにお扱いなさい。格別なことをお考え申し上げておいであそばすのに、軽々しいように人がお噂申すようなのも、たいへん残念です」と、大宮は明け暮れご注意申し上げなさる。

 

《衛門督の告げ口によって、匂宮は禁足となり、宇治へ行けなくなってしまいました。

 彼は警護役だけではなかったようで、『評釈』は「宮中派遣のお目付け役でもあったらしい」と言いますが、ともかくその結果、さらに「右の大殿(夕霧)の六の君を、ご承知せず思っていらっしゃることだが、無理にも差し上げなさるよう、すべて取り決められ」てしまいました。

 「あの宇治行き、宮をおよがせておいて、証拠をぎゅっと握り、一気に」という「老練な夕霧の大臣のやり口である」と、これも『評釈』の説で、実直で荒事を好まなさそうな夕霧には似合わないという気はしますが、立場上できないことではなさそうです。

 さて困ったのは薫です。自分の計らいで宮と中の宮の間を取り持ってきたのですが、それが裏目に出て、大君も含めて悲しませることになってしまいました。「自分があまりに変わり者なのだ」というのは、「不思議なまでお世話せずにはいられなかった」ことをいうのでしょうが、「どちらも自分のものとしてお世話する」ようにしなかったことを言うようにも思えます。

 しかし、どちらにしても、後の祭り、大切に思う二人の姫の悲しみを一手に背負ったような気分です。

 もちろん匂宮も落ち込み、気をもんでいますので、母・中宮がいかにも優しく、もしいい人があるなら私に話しなさい、悪いようにはしない、と慰めながら気をもんでいます。

ところで、初めのところ、原文が「出で立ちたまひけるを」で、そのまま訳すとここに言うように「ご出立なさったが」となって、すでに行動を起こしたように読めますが、そうではなくて、計画を立てた段階と考えなければ、後の話がつながりません。こういう場合の「ける」はどういう意味で「過去」なのでしょうか。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ