【現代語訳】1

 今日はこのまま、とお思いになるが、さらに、宮の大夫その他の殿上人などを大勢差し向けなさった。気ぜわしく残念で、お帰りになる気もしない。あちらにはお手紙を差し上げなさる。風流めいたこともなくたいそう真面目に、お思いになっていたことを、こまごまと書き綴りなさっていたが、

「人目が多く騒がしいだろう」とて、お返事はない。
「人数にも入らない身の上では、ご立派な方とお付き合いするのは、詮ないことであったのだ」と、ますますお思い知りなさる。遠く離れている間は頼りないのももっともと思われるが、いくら何でも後にはなどと慰めなさるが、近くで大騒ぎしていらっしゃって、何もなくて去っておしまいになるのが、つらくも悔しくも思い乱れなさる。
 宮は、それ以上に胸がふさがりやるせないとお思いになることこの上ない。網代の氷魚も心寄せ申して、色とりどりの木の葉にのせて賞味するのだが、下人などはまことに風情のあることと思っているので人それぞれに満足しているようなご遊覧だが、ご自身のお気持ちは、ただもう胸がいっぱいになって、空ばかりをお眺めになっていると、この故宮邸の梢がたいそう格別に美しく、常磐木に這いかかっている蔦の色なども何となく深味があって、遠目にさえ物淋しそうなのを、中納言の君も、

「なまじ当てにさせ申し上げなさったのが、かえってつらいことになったな」と思われる。

 

《一晩にぎやかに過ごして「あくる日」(『谷崎』)、「今日はこのまま逗留して、と匂宮は思われるのに」(『集成』)、今度は「宮の大夫」までやって来ました。「宮の大夫」は「中宮職の長官」(同)、つまり宮の素行を案じておられる(第四章第一段)中宮から、直々のお迎えが向けられてしまったのです。

 宮は、帰る気もしないままに、急いで中の宮に手紙を書きました。「風流めいたこともなく、たいそう真面目に」とは、帰らざるを得ない事情をきちんとよく分かるように書いた、ということでしょうか。

 中の宮は、人目を憚って返事を送りません。しかし手紙さえ届けられないことは彼女自身にとっては、訪れてもらえないこと自体以上に、自分の立場に気付かされることでもありました。

 そして、都にいらっしゃるのならともかく、このように目と鼻の先まで来ておられながら、会えないとは、と「つらくも悔しくも思い乱れなさる」のでした。

 「宮は、それ以上」だったと言うのは、にわかには信じがたく思われますが、これは例の身分の違いを意識したもので、同じ悲しみでも高貴な人のそれは一層深いという考え方からの言い方なのでしょう。

 それかあらぬか、「網代の氷魚も心寄せ申して」も驚くべきで、「氷魚も匂宮に心をお寄せして、たくさん獲れ」(『集成』)たのだそうです。その氷魚をお供の者たちは「賞味」するのですが、宮は上の空で、向こう岸の宮邸を眺めているばかりです。

 状況はよく理解できますが、この悲痛な場面に、氷魚が「色とりどりの木の葉にのせて賞味する」などと妙に具体的で、氷魚に対する作者の何か特別な思い入れがあるのかと思ったりします。

 脇で、目論見が裏目に出た薫が、姫たちの気持ちを思いやりながら、いかんともしがたく、たたずんでいます。》