【現代語訳】2

「たまさかにおっしゃるかと思えば、心外なお言葉ですね。『尋ねないのは、辛いもの』、などという間柄は、私たちとは違う間柄で使う言葉でしょう。嫌なふうにおっしゃいますね。いつまでたっても変わらない体裁の悪い思いをさせるお振る舞いを、もしや、お考え直しになるときもあろうかと、いろいろとしてみておりますうちに、ますますお疎んじになられたようですね。もう仕方ありません、長生きさえしたら、いつかは」

と言って、夜のご寝所にお入りになった。

女君は、すぐにもお入りにならず、源氏もお誘い申しあぐねなさって、溜息をつきながら横になっているものの、何となく気まずいのであろうか、眠そうなふりをなさって、あれやこれや男女の間柄のこと思って心をお乱しておられるのだった。

 この若草の君が成長していく間がやはり気にかかるので、「まだ相応しくない年頃と思っているのも、もっともだ。口説きにくいことだなあ。何とか手段を講じて、ほんの気楽に迎え取って、毎日の慰めとして一緒に暮らしたい。父の兵部卿宮は、とても上品で優美でいらっしゃるが、つややかなお美しさではないのに、どうして、あの一族の方に似ていらっしゃるのだろう。父宮が同じお后様からお生まれになったからだろうか」などとお考えになる。血縁がとても親しく感じられて、何とかしてと、深く思われる。

 

《源氏も負けずに、いや、むきになって言い返します。

葵の上が言った「尋ねないのは、辛いもの」は、「忍ぶ恋」の間柄で詠まれた歌を引いたものらしく、源氏は、自分たちは正式の夫婦なのだから、そういう言葉で表されるような問題はないはずだ、もっと私を信じて安心していてほしいと言っているわけです。

しかし、プライドを持ちながら、年上であることに引け目を抱いている葵の上にその余裕はありません。

また「お考え直しになるときもあろうかと、いろいろとしてみておりますうちに」と言いますが、しかし彼は一体何をしてきたでしょうか。少なくとも作者は何も語っていません。

源氏はしばしば「完璧な人として描かれている」と評されますが、それは外見と種々の才能と、そして行為の結果に関しての真摯さについてであって、特に若き日の彼には、例えばここの場面で必要な思慮・配慮といった点では、普通の人と同じようで問題なしとしません。彼もまたプライドからでしょうか、ひたすら自分を正当化しようとします。

そして寝室で、二人はお互いが自分のプライドと正当性の殻に籠もって背き合うことになります。状況は違いますが、有島武郎の言った「こちんとした心」(『小さき者へ』)という言葉が思い出されます。

こういう夫婦の、理論的に見えて感情的な対立を解くには、結局どちらかが上手に折れるしかないのですが、若い二人にはそういう余裕は生まれません。

そのやりきれない気まずさの中で、源氏は無垢なあの女の子のことを恋しく思い浮かべています。》



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