【現代語訳】2

いつもと違って女房がささやいている様子が変だと、この宮はお思いになりながら寝ていらっしゃったが、こうしていらっしゃったので嬉しくて、御衣を引き掛けて差し上げなさると、御移り香が隠れようもなく薫ってくるようなので、宿直人がもてあましていたことが思い合わされて、

「ほんとうなのだろう」とお気の毒に思って、眠っているようにして何もおっしゃらない。

客人は、弁のおもとを呼び出しになってこまごまと頼みこんで、ご挨拶をしかつめらしく申し上げおいて、お帰りになった。

「総角の歌を戯れの冗談にとりなしておいたけれども、承知の上で、『尋ばかり』の隔てはあったにしても、会ったことになったと、この君もお思いだろう」と、ひどく恥ずかしいので、気分が悪いといって、一日中横になっていらっしゃった。女房たちは、
「法事までの日数が少なくなりました。しっかりと、ちょっとしたことでも、他にお世話いたす人もいないのに、あいにくのご病気ですこと」と申し上げる。

中の宮は、組紐など作り終えなさって、
「心葉などを、どうしてよいか分かりません」と、たっておせがみ申し上げなさるので、暗くなったのに紛れてお起きになって、一緒に結んだりなどなさる。

中納言殿からお手紙があるが、
「今朝からとても気分が悪くて」と言って、人を介してお返事申し上げなさる。
「いかにも見苦しく、子供っぽくいらっしゃいます」と、女房たちはぶつぶつ申し上げる。

 

《大君は中の君の脇に寄り添って臥しました。

この君は、女房たちが何か小声で話していたことで姉のことが案じられていたのですが、ともかくも自分の傍に帰ってきてくれたことで嬉しくて、慣れない家長の勤めをけなげに果たした姉にそっと衣を掛けるのですが、その姉の衣に染みたあの薫の香りに気が付いて、日ごろの姉の思いを知るだけに、改めて胸の痛む思いがして、彼女は「眠っているようにして(原文・寝ぬるやうにて)、何もおっしゃらない」のでした。

もっともさっき「御衣を引き掛けて差し上げ」たばかりなのですから、ちょっと無理な演出だと思われますが、寝ぼけ眼で衣を掛けて、すぐまた眠ってしまったという格好にしたのだとでも思うことにしましょう。

一方で外の部屋の薫は、眠れないままにということでしょうか、弁の君を呼んで改まった辞去の挨拶を伝えて、やっと帰ることにします。女房たちは弁から「しかつめらしい挨拶があっただけ」と聞いて、希望していたようにはならなかったこと悟って、「がっかり」(『評釈』)です。

大君は、この中の君もきっと事があったと思っているだろうと思うと、大君はいたたまれない気持ちで、朝になっても起きてきません。

と、ここまで来て、やっと法要は近づいていたことが思い出されますが、それにつけても、女房たちは、「あいにくのご病気ですこと」と、皮肉たっぷりです。

中の君が何とかとりもとうと、また姉にしばらくそのことを忘れさせるために、その法要の準備に姉の心を向けようと努めます。懸命に馴れない家長役を果たそうとしている姉姫と、詳しいことは分からないままにそういう姉をいたわる妹姫と、いかにも仲のいい姉妹の風情です。

そこに薫からの手紙が届きますが、大君はそれも「人を介して」(これまでは中の君が返事の担当だったのですが、ここは「人」とありますから女房でしょうか)の返事で、女房たちの不満は募るばかりです。

なお、書き落としてきましたが、中の君は、父・八の宮がなくなって以後(椎本の巻第三章以後)、本文では「中の宮」と呼ばれてきました。ちょっとずれましたが、ここでも次から「中の宮」とすることにします。》

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