【現代語訳】

 まず一人が立って出て来て几帳から覗いて、このお供の人びとがあちこち行ったり来たりして涼んでいるのを御覧になるのであった。

濃い鈍色の単衣に萱草の袴が引き立っていて、かえって様子が違って華やかであると見えるのは、着ていらっしゃる人のせいのようである。
 帯を形ばかりむすび垂らして、数珠を隠して持っていらっしゃった。たいそうすらりとした背丈の、姿の美しい人で、髪が袿に少し足りないぐらいだろうと見えて、末まで一筋の乱れもなくつやつやとたくさんあって、可憐な風情である。横顔などは、実にかわいらしげに見えて、色つやがよく、物やわらかにおっとりした感じは、女一の宮もこのようでいらっしゃるだろうと、ちょっと拝見したことも思い比べられて、嘆息を漏らされる。
 もう一人がいざり出て、

「あの障子は丸見えではないかしら」とこちらを御覧になっている心づかいは、用心深そうな様子で、嗜みがあると思われる。頭の恰好や髪の具合は、前の人よりもう少し上品で優美さが勝っている。
「あちらに屏風を添えて立ててございました。すぐには、お覗きなさらないでしょう」と、若い女房たちは疑いもせずに言う者もいる。
「大変なことですよ」と言って、不安そうにいざってお入りなるとき、気高く奥ゆかしい感じが加わって見える。黒い袷を一襲、同じような色合いを着ていらっしゃるが、こちらはやさしく優美で、しみじみとおいたわしく思われる。
 髪はさっぱりした程度に抜け落ちているのであろう、末の方が少し細くなって、見事な色とでも言うのか、かわせみのようなとても美しい様子で、より糸を垂らしたようである。紫の紙に書いてあるお経を片手に持っていらっしゃる手つきが、前の人よりほっそりとして、痩せぎすなのであろう。立っていた姫君も、障子口に座って、何があるのであろうか、こちらを見て笑っていらっしゃるのが、とても愛嬌がある。

 

《掛け金の穴から覗いている薫に、障子の向こうの部屋の二人の姫の動きが見えました。

 一人は立って、薫の視線を横切って横の簀子の方に行き、外で休んでいる薫の従者たちの様子を眺めます。

もう一人は、それに誘われるように、あとからいざって出てきました。

薫はその横からの姿を存分に見ることができましたが、二人は、まったく対照的でした。

前の姫は、「帯を形ばかりむすび垂らして」くつろいだ様子であり、喪服姿であるにもかかわらず「かえって様子が違って華やか」に見えるような人(つまり彼女自身華やかな雰囲気を持った人ということのようです)です。立ち姿も美しく、髪は「末まで一筋の乱れもなくつやつやとたくさんあって、可憐な風情」であり、顔は「実にかわいらしげに見えて、色つやがよく、物やわらかにおっとりした感じ」の人で、笑い顔が「とても愛嬌がある」のでした。

 もう一人の姫は、こちらは「用心深そうな様子で、嗜みがある」ように見え、「前の人よりもう少し上品で優美さが勝って」「気高く奥ゆかしい感じ」です。「髪はさっぱりした程度に抜け落ちている」というのは変な言い方ですが、

、「前の人よりほっそりとして、痩せぎす」でることとともに、やはり悲しみにやつれた感じを言うのでしょう。それでもその髪も、「かわせみのようなとても美しい様子で、より糸を垂らしたよう」と絶賛される美しさではあります。

 前の姫は明るくふくよかで華やかな美しさ、あとの姫はほっそりとして愁いを含み、控えめでつつましく品にいい美しさ、ということになりましょうか。姉は保護者を失った気持ちでいますが、妹の方はまだ姉に守られているところがあって、自然と、前の姫が妹、あとの方が姉姫という感じなるように思います。

 「しみじみとおいたわしく思われる(原文・あはれげに、心苦しうおぼゆ)」は妹君にはまったくない言葉で、作者からの説明であると同時に、薫の気持ちを言っているようで、姉姫の様子というよりも、薫の胸にキュンと来た感じを言うのではないでしょうか。

 途中、「女一宮」は急に出てきた人で「今上の第一皇女、明石の中宮腹」(『集成』)ということらしく、後にその美しさが語られる人ですが、ここでの話題としてはちょっとフライング気味です。

 さて、ここまで宇治の様子が長々と語られてきながら、この二人の姫君の具体的な姿はほとんど語られませんでしたが、やっとここで明らかになり、いよいよこの人たちがヒロインとなる資格を得て、次から物語の本題が動き始めることになります。》

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