【現代語訳】

 兵部卿宮に対面なさる時は、まずこの姫君たちの御事を話題になさる。

「今はそうはいっても気がねもいらないだろう」とお思いになって、宮は熱心に手紙を差し上げなさるのであった。ちょっとしたお返事も、申し上げにくく気のひける方だと、姫君の方はお思いになっていた。
「世間にとてもたいそう色好みでいらっしゃるというお名前が広まっていて、好ましく心をそそられるとお思いになっているらしいが、このようにひどく埋もれた葎の下のようなところから差し出すお返事もまことに場違いな感じがして、時代後れのものだろう」などとふさいでいらっしゃった。
「それにしても、思いのほかに過ぎ行くものは、月日だこと。このように、頼りにしがたいものだったお命を、昨日今日とも思わず、ただ世の中全体の無常のはかなさばかりを毎日のこととして見聞きしてきたけれど、自分も父宮も後に遺され先立つことに月日の隔たりがあろうか、などと思っていたことよ。過去をいろいろ考えてみても、何の頼りがいのありそうな世でもなかったが、ただいつのまにかのんびりともの思いに時を過ごして来て、何かの恐ろしく気がねするようなこともなく過ごして来ましたが、風の音も荒々しく、いつもは見かけない人の姿が、連れ立って案内を乞うと、まっさきに胸がどきりとして、何となく恐ろしく侘しく思われることまでが加わったのが、ひどく堪え難いことだわ」と、お二方で語り合いながら、涙の乾く間もなくて過ごしていらっしゃるうちに、年も暮れてしまった。

 

《薫は都に帰って匂宮に会うと、いつもこの宇治の姫君たちのことを話していましたので、焚きつけられた形で宮は、だんだんに本気になって来たようです。父宮が亡くなられたので、もう「気がねもいらないだろう」と、熱心に手紙を送ります。

しかし姫たちは、薫にさえも遠慮しながら会っているほどですから、何の縁もない、しかも色好みという世評の高い宮に、田舎娘の分際で返事を書くことなど、とんでもないと、はかばかしい返事もしないでいます。

そしてその一方で思うのは、あまりにもあっけなく亡くなってしまった父のことばかりです。

「思いのほかに過ぎ行」ったのは、父の生前の月日、それまで日ごろ「世の中全体の無常のはかなさ」はよく承知していたのでしたが、まさかそれが父と自分たちの上に降りかかろうとは思いもしないでいたのでした。

その昔を思い返してみても、私たちのまわりはいつも不運なことばかり続いて、本当は安心できるような暮らしではなかったのに、なぜか「のんびりともの思いに時を過ごして来て」、決定的な事態にはならないできたのだったけれど、父宮が亡くなってしまわれると、急に身も知らない人がどかどかとやって来るようになり(いや、本当はしばしばこの邸を訪れていた人なのでしょうが、彼女たちとしては初めてその人たちと向き合わねばならなくなったのです)、事務的に詰めた、彼女たちには意味の分からない話を持ちかけられると、「何となく恐ろしく侘しく」、どうしていいのか分からなくなってしまう、と二人で涙ながらに話しているうちに、年が暮れていきます。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ