【現代語訳】

 大臣邸はこちらの邸のすぐ東であった。大饗の相伴をする公達などが、大勢参上なさる。兵部卿宮が左の大臣殿の賭弓の還立や相撲の饗応などにはいらっしゃったことを思って、今日の宴の光としてご招待申し上げなさったが、いらっしゃらなかった。
 奥ゆかしく大切にお世話なさっている姫君たちを、一方では特に気を配って何とかと思い申し上げなさっているようであるが、宮は、どうしたことであろうか、お心を止めにならなかった。

源中納言が、ますます理想的に成長して、どのような事にも人に劣ったことがなくいらっしゃるのを、大臣も北の方も、お目を止めていらっしゃった。
 隣でこのように大騒ぎして、行き交う車の音や前駆の声々も、昔の事が自然と思い出されて、こちらの邸ではしみじみと物思いなさっている。
「故宮がお亡くなりになって間もなく、この大臣がお通いになったことを、まことに軽薄なように世間の人は非難したというが、愛情も薄れずにこのように暮らしておいでなのも、やはりそれなりに立派なことであった。無常の世の中よ。どちらが良いものでしょうか」などとおっしゃる。

 左の大殿の宰相中将は、大饗の翌日、夕方にこちらに参上なさった。御息所が里にいらっしゃると思うと、ますます緊張して、
「帝が朝廷人数に加えて下さった昇進の喜びなどは、特に何とも思いません。私事で思い通りにならない嘆きばかりが、年月とともに積もり重なって、晴らしようもございません」と涙を拭うのも、わざとらしい。二十七、八歳のほどで、とても男盛りで華やかな容貌をしていらっしゃる。
「困った息子たちの、世の中を思いのままになると思って、官位を何とも思わず過ごしていらっしゃる。故殿が生きていらっしゃったら、自分の家の子供たちも、このようなのんきな遊び事に心を奪われたでしょうに」とお泣きになる。

右兵衛督や右大弁であって、皆、非参議でいるのを嘆かわしいことと思っている。侍従と言われていたらしい人は、この頃、頭中将と呼ばれているようである。年齢から言えば不十分ではないが、人に後れたと嘆いていらっしゃった。

宰相は、何やかやとうまいことを言ってやって来て。

 

《冒頭の「大臣邸」は、これもちょっと唐突ですが、柏木や玉鬘の弟・前の按察使(紅梅)大納言で新右大臣の邸、それが、「こちらの邸」・玉鬘の邸のすぐ隣だったようで、そこが「任官披露の祝宴」(『集成』)を賑々しく催したのでしたが、そこにさらに花を添えて貰おうと匂兵部卿を招きました。

大臣は以前からこの宮を娘の中の君の婿にと思っていた(紅梅の巻第一章第二段)ので、そういうこともあっての招待でしょう。ところが、彼はやって来ませんでした。

作者はそのわけを説してくれませんが、彼は右大臣夫人・真木柱の連れ娘である宮の御方に執心でした(紅梅の巻末)から、そういう形で大臣から中の君を薦められるのに抵抗を示したのかも知れません。

そこで大臣は、匂宮を諦めて源中納言・薫に的を換えようかと考え始めました。

と、その話はそこまでで、また玉鬘邸に話が帰って、こちらはひっそりとした中でその賑やかな様を感じながら、またしても髭黒が生きていてくれたら、と「しみじみと物思いなさっている」のでした。そして思うのは気がかりな娘・大君のことです。右大臣夫人である真木柱は、昔、夫・蛍兵部卿が亡くなった後間もなくこの右大臣が通い始めて好くない噂になったというのに、今はこの羽振り、それに引き替え、大君は院の皇子を産みながら沈み込んでしまっている始末、人の運命は分からないものだと溜息をつく思いです。

そこに新宰相中将が、まだ大君に思いを残してやって来ます。そのそれなりに立派になった姿を見ると、息子たち(かつての左近の中将、右中弁、侍従)が、それぞれがやっと右兵衛督、右大弁、頭中将になったというものの、「皆、非参議でいるのを嘆かわしい」という思いが湧いてきます。

そんな玉鬘の気持ちも知らないで、宰相中将はいつまでも大君のまわりをうろうろと、と語って、突然、物語はここで結ばれてしまいます。

思い返してみると、読者は結局、話題の中心だった大君がどういう人なのか、概念的に美しい人だったというくらいしか分かりませんでしたし、冷泉院と玉鬘はどうなるのか、とか、その他この終わりの数段には、どうもよく分からない、しかし意味ありげな話も点々と出てきました。そのすべてを措いていったい何が語られたのか釈然としないままに、次の巻以下は全く別の物語になります。

『評釈』は、「もうこの上語り続けることは、物語の世界をいたずらに間のびさせる」と、ここで巻を閉じることを認めるのですが、どうも、誰か別の人が面白がって書き足し、ここまで書いてはきたものの、くたびれて中断した、そんな気がする巻だというと、言い過ぎでしょうか。》

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