【現代語訳】

 皆して寄って説得申し上げるのでどうにもしかたなく、色鮮やかなお召し物を女房たちがお召し替え申し上げるのも夢心地で、やはりとても一途に削き落としたいという気のなさる御髪を掻き出して御覧になると、六尺ほどあって、少し細くなったが女房たちは変だとは見申しあげず、ご自身のお気持ちでは、
「ひどく衰えたこと。とても男の人にお見せできなる有様ではない。いろいろと情けない身の上であるものを」とお思い続けなさって、また臥せっておしまいになる。
「時刻に遅れます。夜も更けてしまいます」と皆が騷ぐ。時雨がとても心急かせるように風に吹き乱れて、何事にもつけ悲しいので、
「 のぼりしに峰の煙にたちまじり思はぬかたになびかずもがな

(母君が上っていかれた峰の煙と一緒になって、思ってもいない方角にはなびかずに

いたいものだ)」
 ご自身では決心していらっしゃるのだが、そのころはお鋏などのような物はみな取り隠して、女房たちが目をお離し申さずいたので、
「このように騒がないでいても、どんな惜しい身の上だと思って、愚かしく子供っぽくもこっそり髪を下ろしたりしようか。人聞きもおそろしいようなことを」とお思いになるので、思いどおりに出家もなさらない。
 女房たちは、皆支度に立ち働いて、それぞれ、櫛や手箱や唐櫃やいろいろな道具類を、しっかり荷造りもしない袋に入れたような物であるが、全部先に運んでしまっていたので、独り後に残るわけにもゆかず、泣く泣くお車にお乗りになるにつけても、隣の空席ばかりに自然と目が行きなさって、こちらにお移りになった時、ご気分が優れなかったにも関わらず、御髪をかき撫でて繕って降ろしてくださったことをお思い出しになると、目も涙にむせんでたまらない。御佩刀といっしょに経箱を持っているが、いつもお側にあるので、
「 恋しさのなぐさめがたきかたみにて涙にくもる玉の筥かな

(恋しさが慰められない形見の品として、涙に曇る玉の箱ですこと)」
 喪中用の黒造りのもまだお調えにならず、あの日頃親しくお使いになっていた螺鈿の箱なのであった。お布施の料としてお作らせになったのだが、形見として残して置かれたのであった。浦島の子の気がなさる。

 

《女房たちは、自分も都に帰りたいし、大和守に釘を刺されたこともあって、よってたかって宮を説得しようとしますし、一方ではどんどん準備を進めていきます。

一度流れ始めた動きは、孤立無援の宮に留めようはなく、おろおろとその動きに従う他はありません。

出家をしたい気持はしっかりあるのですが、刃物は皆隠されてしまって、「女房たちが目をお離し申さず」いるという、そこまでしなくても、と思うほど徹底しています。

身の回りの小道具もどんどん運び出されて、もはやここでの生活は成り立たない具合になってしまって、「泣く泣く」用意された車に乗るしかありませんが、乗ってみれば、いつもこういうときには隣に乗ってこられた御息所が、今日はおられず、空席になっています。ここで髪を梳いていただいたなどと思うと、涙がこぼれるばかりです。

と、ここで手近に「御佩刀といっしょに経箱」がありました。経箱はいいのですが、「御佩刀」(「お守り刀。女性はいつも身近に置く」・『集成』)があったのです。が、この車の中で髪を切って、となるかと思うとそうではありません。同車している女房もいるのでしょうが、そういう人騒がせなことは、もう考えられないのでしょう。

関心は経箱の方に向いて、歌となります。その箱は母上愛用のものでした。箱はそのままにあるけれども、自分はすっかり変わってしまった、と浦島の話を思い出します。》