【現代語訳】2

「ご心痛であったご様子で、この方のために多くはお心も乱れになったのだ」とお思いになると、そうなる運命とはいってもまことに恨めしい人とのご因縁なので、お返事さえなさらない。
「どのように申し上げていらっしゃると、申し上げましょうか。」

「とても軽々しくもないご身分で、このようにわざわざ急いでお越しになったご厚志を、お分かりにならないようなのも、あまりというものでございましょう」と、口々に申し上げるので、
「ただ、よいように考えて。私はどう言ってよいか分かりません」とおっしゃって、臥せっていらっしゃるのも道理なので、
「ただ今は、亡き人と同然のご様子でありまして。おいであそばしました旨は、お耳に入れ申し上げました」と申し上げる。この女房たちも涙にむせんでいる様子なので、
「申し上げようもありませんが、もう少し私自身も気が静まって、またお静まりになったころに参りましょう。どうしてこのように急にと、そのご様子が知りたい」とおっしゃるので、すっかりではないが、あのお悲しみになっていた様子を少しずつお話し申し上げて、
「恨み言を申し上げるようなことに、きっとなりましょう。今日はいっそう取り乱したみなの気持ちの迷いで、間違ってお話しすることもございましょう。そうしていただければ、このようにお悲しみに暮れていらっしゃるご気分も、きりのあるはずのことで、少しお静まりになったころに、お話を申し上げ承りましょう」と言って、正気もない様子なので、おっしゃる言葉も口に出ず、
「本当に闇に迷った気がします。なんとかお慰め申し上げなさって、わずかのお返事でもありましたら」などとお言い残しになって、ぐずぐずしていらっしゃるのも身分柄軽々しく思われ、さすがに人目が多いので、お帰りになった。


《宮は、この人のために母が早く逝くことになったのだという思いでいっぱいで、挨拶どころが、返事もしないのでした。

お付きの女房たちは、何と言っても右大将のわざわざの弔問でもあり、まして今後この人を頼ることができれば、こんなに安心なことはないのですから、何とかお言葉をと言うのですが、宮は、お前たちでよいように言っておくれと臥せったままです。

やむなく女房の一人、多分少将(御息所の「柏木」の歌を夕霧に取り次いだ女房・柏木の巻第五章第五段)が挨拶に出ました。周囲の女房たちも涙に暮れる中です。

宮のその様子を「亡き人と同然のご様子でありまして」と大変うまい言い方で伝えると、夕霧も理解できるので、一応は引き上げ、改めて来ることにしました。

それでもせめてご臨終の様子だけは知りたいと重ねての言葉に、少将も、御息所が「あのお悲しみになっていた様子」を話すのですが、彼女としては、なまじっか事情をすべて知っているだけに、話せば夕霧を咎めることになりますから、「少しずつお話し申し上」げて、しかし「恨み言を申し上げるようなことに、きっとなりましょう」と、宮の気持を代弁しながら、逆に期待していた自分たちの気持ちもにじませた、これもうまい言い方ではしょって、後はどうか日を改めて、と適当なところで切り上げるしかありません。

この少将は、側近らしくなかなか才の利いた人に描かれています。

まだ誰もが「正気もない様子」のようでもあり、もともとが周囲のものが、立場として早すぎると引き止める(前段)という異例の弔問だったのですから、これ以上の長居もなるまいと、夕霧は心を残しながら立ち上がります。》

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