【現代語訳】

 律師が立ち去った後に、小少将の君を呼んで、
「こういう話を聞きました。どうした事ですか。どうして私には、しかじかこれこれの事があったとお聞かせ下さらなかったのですか。そんな事はあるはずがないと思いますが」とおっしゃると、お気の毒であるが、最初からのいきさつを詳しく申し上げる。今朝のお手紙の様子や、宮もちらりと仰せになった事などを申し上げ、
「長年秘めていらっしゃったお胸の中を、お耳に入れようということだったのでしょうか。めったにないお心づかいで、夜も明けきらないうちにお帰りになりましたが、人はどのようなふうに申し上げたのでございましょうか」
 律師とは思いもよらず、こっそりと女房が申し上げたものと思っている。

何もおっしゃらず、とても残念だとお思いになると、涙がぽろぽろとこぼれなさった。拝見するのもまことにお気の毒で、

「どうして、ありのままを申し上げてしまったのだろう。苦しいご気分を、ますますお胸を痛めていらっしゃるだろう」と後悔していた。
「襖は懸金が懸けてありました」と、いろいろと適当に言いつくろって申し上げるが、
「どうあったにせよ、そのように近々と何の用心もなく、軽々しく人とお会いになったことが、とんでもないのです。内心のお気持ちが潔白でいらっしゃっても、こうまで言った法師たちや、口さがない童などは、まさに全部を言いふらさずには置くまい。世間の人には、どのように抗弁をし、何もなかった事だと言うことができましょうか。皆、思慮の足りない者ばかりがここにお仕えしていて」と、最後までおっしゃれない。

とても苦しそうなご容態の上に、思いもしないことなので、まことにお気の毒な様子である。品高くお扱い申そうとお思いになっていたのに、色恋事の軽々しい浮名がお立ちになるに違いないのを、並々ならずお嘆きにならずにはいられない。
「このように少しはっきりしている間に、お越しになるよう申し上げなさい。あちらへお伺いすべきですが、動けそうにありません。お会いしないで、長くなってしまった気がしますよ」と、涙を浮かべておっしゃる。参上して、
「しかじかと申していらっしゃいます」とだけ申し上げる。

 

《「小少将」は、夕霧が最初に宮を訪ねた時(柏木の巻第五章第五段)から出ていた人で、この巻の第一章第三段で見れば、宮付きの女房ということになります。

御息所から事情を問い詰められた少将は、詳しくお話しをします。ポイントは「宮もかすかに仰せになった事」で、これは宮が夕霧の手紙を見ることはできないと言った(第一段)ことを指すと考えるのがよさそうで、そうすると、少将は、そんな大変なことはなかったのだと伝えたいようです。

しかし御息所は、成り行きがどうであれ、宮のところから男が朝帰りしたことが事実なら、そして律師にそれを見られたのなら、もはやこの後は、律師の口から、普通世間で想像するような話が広まるに違いなく、宮は、宮でありながら二夫にまみえたというスキャンダルの種とならざるを得ない、と考えます。

「涙がぽろぽろとこぼれなさった」という御息所を見て、少将は、正直に言い過ぎたのかと後悔して、いえ、鍵は掛かっていましたからと安心して貰うための嘘を言い添えるのですが、御息所にとっては、もうそういう細かなことは全くの枝葉に過ぎません。

病気の芳しくない上に、ショックを受けてうちひしがれた御息所は、すぐに宮を呼ぶように、少将に言いつけます。

御息所にしてみれば、隠し立てをしない母子の間柄だった(第一段1節)のにこんな大事な話が娘から伝わって来ず、他人である律師から聞くことになったのも残念だったかも知れません。

宮は「女房たちがありのままに申し上げて欲しいものだ」と思ったこともあった(第一段)のですが、それが最悪の形で実現してしまったのです。もし彼女の方から早く直接に母に話していれば、母の受け止め方はずいぶん違っていたでしょうが、しかし後の祭りです。》