【現代語訳】

「まことに情けなく、子供みたいなお振る舞いですね。人知れず胸に思い余った色めいた罪ぐらいはございましょうが、これ以上馴れ馴れし過ぎる態度は、まったくお許しがなければ致しません。どんなに千々に乱れて悲しみに堪え兼ねていますことか。
 いくらなんでも自然とご存知になる事もございましょうのに、無理に知らぬふりしてよそよそしくお扱いなさるようなので、申し上げるすべもないので、しかたがない、わきまえもなくけしからぬとお思いなさっても、このままでは朽ちはててしまいかねない訴えを、はっきりと申し上げて置きたいと思っただけです。言いようもないつれないおあしらいが辛く思われますが、まことに恐れ多いことですから」と言って、努めて思いやり深く、気をつかっていらっしゃった。
 襖を押さえていらっしゃるのは頼りにならない守りであるが、あえて引き開けず、
「この程度の隔てをと、無理にお思いになるのがお気の毒です」と、ついお笑いになって、それ以上思いのままの振る舞いはしない。

宮のご様子が優しく上品で優美でいらっしゃることは、何と言っても格別に思える。ずっと物思いに沈んでいらっしゃったせいか、痩せてか細い感じがして、普段着のままでいらっしゃるお袖の辺りもなよやかで、親しみやすく焚き込めた香の匂いなども、何もかもがかわいらしく、なよなよとした感じがしていらっしゃる。

 風がとても心細く吹いて、更けて行く夜の様子も、虫の音も鹿の声も滝の音も、一つに入り乱れて、風情をそそるころなので、まるで情趣など解さない軽薄な人でさえ、寝覚めするに違いない空の様子を、格子も上げたままの入方の月が山の端に近くなったころで、涙を堪え切れないほどものあわれである。

 

《裾を捉えた夕霧は、ここで初めて口説きます。「人知れず胸に思いあまった、色めいた(気持から、こんな振る舞いをした)罪」はお許し下さい、しかしそれも、あなたが私の気持ちをご存じのくせに、あまりに冷たくなさるから、「このままでは朽ちはててしまいかねない訴えを」一度はきちんと言いたいばかりにすることなのです、…。

『評釈』が「思いつめた胸の中にある真実の言葉」と言いますが、なるほどなかなか純真で思いのこもった言葉です。

が、おもしろいのは次の、宮が「頼りにならない守り」の襖を、それでもじっと押さえている様子に、「ついお笑いになっ」たという点です。

余裕のある大人の態度と言いますか、賢木の巻の源氏には想像もできない、一見大変「思いやり」のある優雅な態度です。あの時の源氏は二十五歳、今夕霧は二十九歳になっています。いや、年齢の問題でないでしょう、玉鬘に関わった時の源氏は三十五歳でしたが、こういう視点はありませんでした。

やはり夕霧は父と違って、決して無理をしない、情に駆られてひどいことをしたりはしない、合理主義者の一面を持っているのでしょう。初恋の雲居の雁を、意地と一緒にとは言え、六年間待った人らしい視点です。ここでも時の来るのをじっと待っています。

そういう点で少し悪い言い方をすれば、自分の優位を承知して、いくらか宮の無力を見透かした態度とも言えそうです。

その一方で、ここでの身近に感じられる宮の様子に、改めて宮に心引かれている、というのもまた、彼であるのでした。

その思いをかき立てるように、外の風情も趣を加えます。》

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