【現代語訳】

「この事情を知っている人は、女房の中にもきっといることだろうが、分からないのは悔しことだ。馬鹿だと思っているだろう」と穏やかならずお思いになるが、

「自分の落度になることは堪えようが、どちらかと言えば、女宮のお立場が気の毒だ」などとお思いになって、顔色にもお出しにならない。

とても無邪気にしゃべって笑っていらっしゃる目もとや口もとのかわいらしさも、

「事情を知らない人はどう思うか分からないが、やはり、父親にとてもよく似ている」と御覧になると、

「ご両親が、せめて子供だけでもあればよかったとお泣きになっていようが、見せることもできず、誰にも知られずはかない形見だけを残して、あれほど高い望みをもって立派になっていた身を、自分から滅ぼしてしまったことよ」と、しみじみと惜しまれるので、けしからぬと思う気持ちも思い直されて、つい涙なさるのだった。
 女房たちがそっと席をはずした間に、宮のお側に近寄りなさって、
「この子を、どのようにお思いになりますか。このような子を見捨てて出家なさらねばならないものでしょうか。何とも情けない」と、ご注意をお引き申し上げなさると、顔を赤くしていらっしゃる。
「 誰が世にか種はまきしと人問へばいかが岩根の松とこたへむ

(いったい誰が種を蒔いたのでしょうと人が尋ねたら、誰と答えてよいのでしょう、

岩根の松は)
 不憫なことだ」などと、そっと申し上げなさると、お返事もなくて、うつふしておしまいになった。もっともなことだとお思いになるので、無理に催促申し上げなさらない。
「どうお思いなのだろう。思慮深い方ではいらっしゃらないが、どうして平静でいられようか」と、ご推察申し上げなさるのも、とてもおいたわしい思いである。


《ちょっと捉えどころのない一段です。

柏木の宿命のはかなさに涙した源氏は、ふり返ってわが身の危うさを思います。それは自分に対しての、妻を寝取られた男という陰口が、女房たちの間で噂されているのではないかという不安です。「女房は何事でも知っている。女房の前に主人の秘密はあり得ない」(『評釈』)はずなのです。

もし陰口がされているなら、「どちらかと言えば(男と女、双方どちらかと言おうなら・『集成』)」、自分はいいとして、女三の宮が気の毒だ、と思いながら、抑えていますが、彼としては生まれて初めての後ろめたさのある不安ですし、暴かれれば、これまでの名声もひとたまりもないような気がしますから、もっと大きな問題と思われてもいいように思いますが、かわいらしい若宮を見ると、一転して、改めて柏木が哀れに思われ、「けしからぬと思う気持ちも思い直され」た、と言います。

それなのに、姫宮を見ると、その若君を押し付けるようにして、「ご注意をお引き申し上げなさる」のです。宮にとってそれは自分の過ちを敢えて思い出させることであるのは明らかで、まして「誰が世にか種はまきし」などと言われては、「お返事もなくて、うつふしておしまいになった」のも無理ありません。

ついさっき「女宮のお立場が気の毒だ」と思った気持ちはどこに行ったのかと思わされます。

まして、そういう嫌みにうち臥す宮を見て、「とてもおいたわしい」と思うとなると、このあたりの源氏の心の動きは一体どうなっているのかと戸惑わざるを得ません。

彼の心が揺れ動いているのだとも言えますが、むしろそれは作者の問題だと言うべきではないかと思われるのですが、しかし『光る』はここを絶賛しています。

曰く、「丸谷・ここもいいところですね。」「大野・それでいて静かなんだなあ。」「丸谷・そうそう。才能のない小説家だったら、大騒ぎして書くところ。(笑)…二重三重に屈折している。ドラマテイック・アイロニーが一つ二つじゃなくて、三重にも四重にもなっている。だから濃密なんですね。」》

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