【現代語訳】

 大殿ではお待ち受け申し上げなさって、いろいろと大騒ぎをなさる。そうは言っても急変するようなご病気の様子でもなくて、ここ幾月も食べ物などをまったくお召し上がりにならなかったが、ますますちょっとした蜜柑などでさえお手を触れにならず、ただ次第に物に引き込まれていくようにお見えになる。
 このような当代の優れた人物がこのようでいらっしゃるので、世間中が惜しみ残念がって、お見舞いに上がらない人はいない。朝廷からも院の御所からも、お見舞いを度々差し上げては、ひどく惜しんでいらっしゃるのにつけても、ますますご両親のお心は痛むばかりである。
 六条院におかれても、まことに残念なことだとお嘆きになって、お見舞いを頻繁に丁重に父大臣にも申しあげなさる。大将は、それ以上に仲の好い間柄なので、お側近くに見舞っては、大変にお嘆きになっておろおろしていらっしゃる。
 御賀は、二十五日になってしまった。このような時の重々しい上達部が重病でいらっしゃることで、親、兄弟たち、大勢の方々といった高貴なご縁戚や友人方が嘆き沈んでいらっしゃる折柄なので、何か興の冷めた感じもするが、次々と延期されて来た事情さえあるのに、このまま中止にすることもできないので、どうして断念なされよう。女宮のご心中を、おいたわしくお察し申し上げなさる。
 例によって五十寺の御誦経、それから、あちらの院がおいでになる御寺でも、摩訶毘廬遮那の御誦経が。

 

《柏木の病態は、周囲は大騒ぎをするけれども、と言って急変する感じではなくて、ただ食事が採れず、一途に衰弱していくので、実際には手の施しようがありません。

以下は、柏木がいかに素晴らしい人と思われていたかということを、縷々語っていきますが、その中で、「六条院におかれても、まことに残念なことだとお嘆きになって(原文・六条の院にも、いとくちをしくわざなりとおぼしおどろきて)」というのが、目を引きます。

この言い方、特に「おどろきて」は、源氏の本心を言っているように見えますが、彼は自分の皮肉がそれほどに響くなどとは思っていなかったということなのでしょうか。

以前から源氏もこの人の素晴らしさは十分に認めていた(第六段)のですから、案外これが本気であって、憎いのは憎いが、いなくなって貰っては困るといった気持なのでしょうか。

ここで『光る』が、折口信夫の説を援用しながら、「ただ、何かに引き込まれていくようにお見えになる」について、「丸谷・この『物』は生霊だと思うんです。」、「大野・いいじゃないですか。『物』を光源氏の生霊ととるのは。」、「丸谷・さっきの六条御息所の死霊、あれは実はここの光源氏の生霊で柏木が死んでいくことの非常に重大な伏線だとぼくは思うんです。」と言っています。そう考えると、源氏は自分がどれほど柏木を憎んでいるかということに気づいていない、といったことになりそうで、葵の巻の六条御息所が思い出されます。

あるいはこのくらいの芝居は、彼らにとっては当たり前のものであって、こう書いてもなお、源氏の本心は決して許していないという前提で読むのでしょうか。

そんな中で年の押し詰まった二十五日、ようよう女三の宮の父院の御賀が催されます。

「五十寺の御誦経、…」以下は、その御賀の法要ですが、「摩訶毘廬遮那の御誦経が。」と結ばれるのが、斬新です。

『評釈』が「古来いわれるとおり、余韻を感ずべきである。…終わりは、珍しい梵語で切る。読者はここで顔をあげ目をとじ、語と文と物語の、かすかに消えてゆく先きを沈思すべきである」と言います。確かにそう読むと、長かったこの巻の終わりらしい静かな深みのある結びという印象ですが、ここでさっきの『光る』の生き霊説を思い出すと、この読経と物の怪の見えない虚空での格闘が思い浮かべられて、まったく別の印象が残ります。》