【現代語訳】

 姫宮は、このようにお越しにならない日が数日続くのも、相手の薄情とばかりお思いであったが、今では自分の過失も加わってこうなったのだとお思いになると、父院も御存知になって、どのようにお思いだろうかと、身の置き所のない心地である。
 かの人も、熱心に手引を頼み続けるけれども、小侍従も面倒に思い困って、

「このような事が、ありました」と知らせてしまったので、大変驚いて、
「いつの間にそのような事が起こったのだろうか。このような事は、時が経つと自然と気配でも漏れてしまうのではないか」と思っただけでも、まったく身も縮む思いで、空に目が付いているように思われたが、ましてあんなに間違いようもない手紙を御覧になったのでは、顔向けもできず、恐れ多くいたたまれない気がして、朝晩涼しくもないころであるが、身も凍りついたような心地がして、何とも言いようもない気がする。
「長年、公事でも遊び事でも、お呼び下さり親しくお伺いしていたものを。誰よりもこまごまとお心を懸けて下さったお気持ちが、しみじみと身にしみて思われるのに、あきれはてた不届き者と不快の念を抱かれ申しては、どうして目をお合わせ申し上げることもできようか。そうかと言って、ふっつりと参上しなくなるのも、人が変だと思うだろうし、あちらでもやはりそうであったかと、お思い合わせになろうことが堪らない」などと、気が気でない思いでいるうちに、気分もとても苦しくなって、内裏へも参内なさらない。

それほど重い罪に当たるはずではないが、身も破滅してしまいそうな気がするので、

「やっぱり懸念していたとおりだ」と、一方では自分ながら、まことに辛く思われる。
「考えて見れば、落ち着いた嗜み深いご様子がお見えでない方であった。第一にあの御簾の隙間の事も、あっていいことだろうか。軽率だと、大将が思っていらっしゃる様子が見えた事だった」などと、今になって気がつくのである。無理してこの思いを冷まそうとするあまり、むやみに悪くお思い申し上げたいのであろうか。

「よいことだからと言ってあまり一途におっとりし過ぎている高貴な人は、世間の事もご存知なく、一方では伺候している女房に用心なさることもなくて、このようにおいたわしいご自身にとっても、また相手にとっても、大変な事になるのだ」と、あのお方をお気の毒だと思う気持ちもお捨てになることができない。

《姫宮は、源氏に覚えのない懐妊をしてしまい、一方で手紙を拾われるという、取り返しようのない失態をしてしまって、あれこれ思ってみると「身の置き所のない心地」です。

一方柏木は、思いあまった小侍従から自分の恋文が源氏の手に渡ってしまったことを知って、そうでなくても露見することが心配だったところに、逃れようのない証拠を押さえられてしまって、大変な驚きです。

あんなに目をかけていただいていたのに、自分はいったい何ということをしたのだろう。と言って、御前に出ないわけにもいかない、「六条の院に行かない限りは、宮中にも出仕しない」(『評釈』)ことになります。

彼は、若い頃の源氏と違って、「あきれはてた不届き者(原文・あさましくおほけなきもの)」と、すぐに自分の非を思います。それも、「身も破滅してしまいそうな気がする」ほどに。

無理もないことだと思って読むのですが、しかし、そこで、柏木のしたことは「それほど重い罪に当たるはずではない」と添えられます。作者は、そういう柏木の呵責の思いは、少々度が過ぎていると考えているようです。彼は大胆なことをしたのですが、実は小心な一面を持っている、と言いたいようなのです。

そういう反省の中で、彼は、姫宮が「考えて見れば、落ち着いた嗜み深いご様子がお見えでない方であった」と思い返し、早く夕霧がそういう所を見抜いていたようだったことを思います。こういうことになったのも、「世間の事もご存知なく、一方では、伺候している女房に用心なさることもなくて」のことなのだと、今度はまるで自分のことを棚に上げての批判で、さっきの反省は、ただの怖れに過ぎなかったような様子です。

もっとも、『評釈』は、「これは、読者への注意。読者は、…『ひたむきにおほどかにあてなる人(あまり一途におっとりし過ぎている高貴な人)』でありうるのだ。物語というものが教育を担当するのである」と言っています。

もちろんこういう場合、どちらにより大きく非があるのかというような読み方は適切ではないのであって、起こった出来事から、どういう人間性が見えるかと考えるべきですが、それで言うと、柏木の口から姫宮批判が語られるのは、彼の人間性を小さく姑息に見せてしまうことになっているように思われます。

その上で、作者は、そういう姫宮への思いにもかかわらず、やはり「お気の毒だと思う気持ちもお捨てになることができない」と彼の誠実さ、優しさを語ります。しかしそれは小心の裏返しでもあるのです。》

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