【現代語訳】1

「多くではありませんが、人柄はそれぞれにとりえがあるものだと分かって行くにつれて、ほんとうの気立てがおおらかで落ち着いているのは、なかなかいないものであると思うようになりました。
 大将の母君を若いころに初めて妻として、大事にしなければならない方とは思ったが、いつも夫婦仲が好くなく、うちとけぬ気持ちのまま終わってしまったのが、今思うと気の毒で残念な気がします。
 しかしまた、私一人の罪ばかりではなかったのだと、自分の胸一つに思い出します。きちんとして重々しくて、どの点が不満だと思われることもありませんでした。ただ、あまりにくつろいだところがなく几帳面で、少し賢すぎるとでも言うべき人であっただろうと、離れて思うと信頼が置けて、一緒に生活するには面倒な人柄でした。
 中宮の御母君の御息所は、人並すぐれてたしなみ深く優雅な人の例としては、第一に思い出されますが、会うのに気がおけて、気苦労するような方でした。恨むこともなるほど無理もないことと思われる点をそのままいつまでも思い詰めて、深く怨まれたのは、まことに辛いことでした。
 緊張のし通しで気づまりで、自分もあの方もゆっくりとして、朝夕睦まじく語らうには、とても気の引けるところがあったので、気を許しては軽蔑されるのではないかなどと、あまりに体裁をつくろっていたうちに、そのまま疎遠になった仲なのです。
 たいそうとんでもない浮名を立て、ご身分に相応しくなくなってしまった嘆きを、ひどく思い詰めていらっしゃったのがお気の毒で、確かに人柄を考えても、自分に罪がある心地がして終わってしまったその罪滅ぼしに、中宮をこのように、前世からのご因縁とは言いながら、取り立てて、世の非難、人の嫉みも意に介さず、お世話申し上げているのを、あの世からであっても考え直して下さっているでしょう。今も昔も、いいかげんな気まぐれから、気の毒な事や後悔する事が多いのです」と、亡くなったご夫人方について少しずつ仰せいだされて、

 

《途中ですが、一度切ります。

源氏は、「(あなたのように)ほんとうの気立てがおおらかで落ち着いているのは、なかなかいない」ということを語ろうとしてなのでしょう、これまでに出会った女性の話を始めました。『集成』が「源氏の既往が総括されている観があるが、それを紫の上に語るのは、彼女への愛に証しであろう」と言います。

確かに物語としては、源氏がこれまでの女性をどう評価しているかということを総括的に語るという意味があり、読者として関心のないところではありませんが、実際の場面として紫の上の側から見れば、彼女の出家懇望を何とか逸らそうとして、下手の長談義を始めた感が否めないのではないでしょうか。

「源氏はこの段で紫の上に変わらぬ愛情を強調するが、この殊更言わねば気がすまないのは、自分に弱みがあるためである」(『構想と鑑賞』)というのが当たっているでしょう。なお、このあたりのこの書の女性論は大変に読み応えがあって、この後しばらく、しばしばこの書を引くことになります。

さて、最初は葵の上です。今思えばあんなに意地の張り合いのような生活(例えば紅葉賀の巻第一章第四段)をしなければよかったと悔いているようですが、それも、葵の上がくつろがせてくれなかったからだった、と言います。若い頃の彼は夕顔のように自分の思い通りになってくれる女性を求めていたのでした。

次は六条御息所。この人についての気持はなかなか面白いものです。この人は夕顔とは反対に、「人並すぐれてたしなみ深く優雅な人」であって、当代きっての風雅な人で地位もまた申し分ない人でした。源氏にしてなお、「緊張のし通しで気づまりで(原文・心ゆるびなくはづかしくて)」、つまり圧倒されていたのです。

葵の上に比べてずいぶん多くのことを語っていますが、関わりのあった期間が長かったというだけではありません。

彼は彼女に文字どおり「はづかし(自分の能力・状態・行為などが、相手や世間一般に及ばないという劣等意識を持つ意・『辞典』)」という気持を抱いていたわけで、そうだとすればそれは登場人物中唯一の人でしょう。

おそらく交際の初め、源氏は御息所にとって「若いツバメ」(平塚雷鳥の手紙が語源なのだそうですが)といったところだったのでしょうが、そのツバメが相手の心を捕らえたあとになって束縛されるのが嫌になり、避けたい思いと離れがたい義務感の交錯したままの交際となり、後に思えばかえってつらい思いをさせてしまったという反省しかないと語り、今その娘を「皇族が二代続けて后に立ち、かつ先に入内した弘徽殿の女御をも越えての立后」(『集成』)と批判されるのを圧して中宮にまで押し上げ支えているのは、その罪滅ぼしなのだと、私的内幕まで聞かせます。》

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