【現代語訳】

 姫宮がとてもかわいらしげで、幼く無邪気なご様子であるのを拝見なさるにつけても、
「栄えある様にお世話し申して、一方では、至らないところは見知らぬ体でそっとお教え申すような人で、頼りになるような方にお預け申したいものだ」などとおもらしになる。
 年かさの御乳母たちを御前に召し出して、御裳着の時の事などを仰せになる折に、
「六条の大殿が式部卿の親王の娘を育て上げたというように、この姫宮を預かって育ててくれる人がほしいものだ。臣下の中にはいそうにない。帝には中宮がいらっしゃる。それに次ぐ女御たちにしても、たいそう高貴な家柄の方ばかりが揃っておられるから、しっかりした後見役がいなくて、そのような宮廷生活は、かえってつらかろう。
 この権中納言の朝臣が独身でいた時に、それとなく打診してみるべきであったよ。若いけれど、たいそう有能で将来有望な人と思えるのだが」と仰せになる。
「中納言は、もともとたいそう生真面目な方で、長年、あの方に心を懸けて、他の女性には心を移そうともしなかったのでございますから、その願いが叶ってからは、ますますお心の動くはずがございますまい。
 あの院こそは、かえって、依然としてどのようなことにつけても、女性にご関心の心は、引き続きお持ちのようでいらっしゃるようです。その中でも、高貴な女性を得たいとのお望みが深くて、前斎院などをも、今でも忘れることができずに、お便りを差し上げていらっしゃると聞いております」と申し上げる。
「いや、その変わらない好色心が、たいそう心配だ」とは仰せになるが、
「なるほど、大勢の婦人方の中に混じって、不愉快な思いをすることがあったとしても、やはり親代わりと決めたことにして、そのようにお預け申そうか」などとも、お考えになるようだ。
「ほんとうに、多少とも結婚させようと思うような娘を持っていたら、同じことなら、あの院の側に添わせたいものだ。長くもない人生では、あのように満ち足りた気持ちで過ごしたいものだ。
 私が女だったら、同じ兄弟ではあっても、きっと睦まじい仲になるだろう。若かった時など、そのように思った。ましてや、女がだまされたりするようなのは、まことにもっともなことだ」と仰せになって、御心中に、尚侍の君の御事も自然とお思い出しになっているのであろう。

 

《さて、姫宮の登場ですが、先に十三、四歳とありましたから、当時としてはそろそろ結婚してもいい年齢です。ちなみに紫の上の新枕は十四歳の時でしたが、その時の様子は、「何事につけ理想的にすっかり成長なさって、まったく素晴らしくお見えなさる」(葵の巻第三章第一段2節)とありました。

しかし、この姫は「かわいらしげで、幼く無邪気なご様子(原文・うつくしげにて、若く何心なき御ありさま)」だと言います。作者は、この姫君を年齢よりも幼い人として描きたいようです。そういう姫の幼さを見ると、院は心配でなりません。源氏がその紫の上を養育したように、この姫を見てくれる人はいなかと、さまざまに物色します。

まっ先に帝を考える辺り、さすがは院ですが、この姫の幼さでは、他の夫人方に見劣りして、よほどの後見役がいないと無理のようです。次は先ほど見た夕霧ですが、彼は既に結婚してしまっていて、話をした「年かさの御乳母たち」も、長く待った挙げ句の新婚ほやほやですから、とてもいい返事は貰えそうにないと言います。

その、すると諸事を心得た「御乳母たち」が源氏の名を挙げて勧めます。しかし、「女性にご関心の心は、引き続きお持ちのよう」というのはよく分かるにしても、「高貴な女性を得たいとのお望みが深くて」というのは、これまで読者は知らなかったことです。朝顔の斎院とのことが、世間ではそういうふうに伝わっていたようなのです。

後見役はともかく、婿候補なら他にもいそうなものです。例えば太政大臣には何人もの息子がいました。特にその嫡男は「たいそう上品で美しい容貌で、お直衣姿は趣味がよくはなやかで、たいそう立派である」(藤袴の巻第二章第二段)と言われた人ですから、当代の、夕霧に次ぐ№2と言えますが、ここでは考えの中に上がってこないようです(後に出てきますが)。

『評釈』は、若い人を選んだ場合、「もし若死にでもすれば、あとに残る者は悲惨である」と言いますが、婿を選ぶ時にそんなことを考える人は、いくら当時でも多くはいないでしょう。亡くなる心配は年かさの方が高いと考えるのが普通です。

しかしともかくも、院は源氏に託そうと考えたようです。「好色心が心配だ」と言いますから、結婚させることにしたようです。

経済的、社会的には安心と言えばそうですが、好色な四十男に十三、四歳の娘では、冷静に考えれば、やはりあまりいい考えではないように思われるのですが、院のお気持ちは、源氏が立派だという思いこみもあってでしょうか、考えは、自己増殖的にどんどんその方向に膨らんでいくようなのです。》

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