【現代語訳】
 お手紙は、今まで同様目立たぬように配慮して届けられたのを、かえって今日はお返事をお書き申し上げることがおできにならないのを、口の悪い女房たちが目引き袖引きしているところに、内大臣がお越しになって御覧になるのは、本当に困ってしまう。
「打ち解けて下さらなかったご様子に、ますます思い知られるわが身の程です。耐えがたいつらさに、またも死んでしまいそうだが、

とがむなよ忍びにしぼる手もたゆみ今日あらはるる袖のしづくを

(お咎め下さるな、人目を忍んで絞る手も力なく今日は人目にもつきそうな袖の涙の

雫を)」
 などと、たいそう馴れ馴れしい詠みぶりである。微笑んで、
「筆跡もたいそう上手になられたものだなあ」などとおっしゃるのも、昔の恨みはない。
 お返事が、直ぐには出来かねているので、「みっともないぞ」とおっしゃって、それにしてもご躊躇なっているのももっともなことなので、あちらへお行きになった。
 お使いの者への禄は、並大抵でなくお与えになる。頭中将が風情のある様にお持てなしなさる。いつも手紙を隠して隠れるように来ていたお使いが、今日は表情など、人かどに振る舞っているようである。右近将監である人で、親しくお使いになっている者であった。

 六条の大臣も、これこれとお聞き知りになったのであった。宰相中将がいつもより美しさが増して参上なさったので、じっと御覧になって、
「今朝はどうした。手紙など差し上げたか。賢明な人でも、女のことでは失敗する話もあるが、見苦しく思いつめたりじれたりせずに過ごされたのは、少し人より優れたお人柄だと思ったことだ。
 内大臣のご方針があまりにもかたくなで、それがすっかり折れてしまわれたのを世間の人も噂するだろうよ。だからといって、自分の方が偉い顔をしていい気になって、浮気心などをお出しなさるな。
 あのようにおおらかで寛大な性格と見えるが、内心は男らしくなくねじけていて、付き合いにくいところがおありの方だ」などと、例によってご教訓申し上げなさる。釣り合いもよく、恰好のご夫婦だ、とお思いになる。
 ご子息とも見えず、少しばかり年長程度にお見えである。別々に見ると同じ顔を写し取ったように似て見えるが、御前ではそれぞれにああ素晴らしいとお見えでいらっしゃった。
 大臣は、薄縹色の御直衣に、白い御袿の唐風の織りが紋様のくっきりと浮き出て艶やかに透けて見えるのをお召しになって、依然としてこの上なく上品で優美でいらっしゃる。
 宰相殿は、少し色の濃い縹色の御直衣に、丁子染めで焦げ茶色になるまで染めた袿と、白い綾の柔らかいのを着ていらっしゃるのは、格別に優雅にお見えになる。

 

《夕霧から後朝の便りが届きますが、「今まで同様目立たぬように配慮して」というのが、いかにも夕霧流と言いますか、外に向かっては何食わぬ顔で、というところで、彼の若者らしい気負いを感じさせます。

一方雲居の雁の方は、これまではすぐにも返していた返事が、「かえって今日は」書けません。「公認された今日、…かえって恥ずかしくて返事が書けない」(『評釈』」)という、なかなか微妙なところですが、よく分かる気持です。彼女は、夕霧以上にまっすぐに純情であるようです。

その様子を見て、口さがない女房たちが気を揉んでひそひそとささやき合っていました。

雲居の雁にはそれもまたプレッシャーになりますが、おまけにそこに父親がやって来て、手紙をのぞき込みます。

夕霧の歌は、「今までこそ忍んできたが、許された今は、もう堂々と愛しますよ。恨む場合も、人目かまわず泣きます」(『評釈』)という「たいそう馴れ馴れしい詠みぶり」のものでしたから、姫は「本当に困ってしまう」のでした。

そういう姫を見ながら、内大臣は一件落着と大満悦で、姫が困っているのも分かるので、早く返事を、と一言言い置いて帰っていきました。そして手紙の使者には、返事を待たせている間に、兄の頭中将から大変な禄と馳走が振る舞われます。

一方こちらは六条院です。源氏が夕霧のことの仔細を聞いて、首尾やいかに待っているところに、夕霧が朝の挨拶に参上します。

その晴れやかな表情は、いつもの美しさの比ではありません。「今朝はどうした」は、それに対しての源氏の感嘆でしょう。

源氏は、まずこれまで見事に待ちおおせたことを褒めて、そして父親らしく教訓を垂れます。しかしどうもこういう教訓は、彼が語ると読者には滑稽で、あなたがそれを言ってどうする、という気持を禁じえません。

作者はその後、二人の衣裳がいかにその場に合っているかということなのでしょう、その見事さを(ということは二人自身の見事さですが)、自分でも感嘆の溜息をつきながらのように、縷々語っていきます。》


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