【現代語訳】

 親王たち、それ以下の方々が残らずお祝いに参上なさる。思いを寄せている方々も大勢混じっていらっしゃるので、この内大臣がこのように中にお入りになって暫く時間が経つので、どうしたことかとお疑いになっている。
 あの殿のご子息の中将や弁の君だけは、うすうすご存知だったのであった。密かに思いを懸けていたことを辛くも、また嬉しくも、お思いになる。弁の君は、
「よくもまあ言い出さなかったことだ」と小声で言って、

「一風変わった大臣のお好みのようだ。中宮とご同様に入内させなさろうとお考えなのだろう」などと、めいめい言っているのをお聞きになるが、
「もう暫くの間はご注意下さって、世間から非難されないようにお扱い下さい。何事も、気楽な身分の人にはみだらなことがままあるでしょうが、こちらもそちらも、いろいろな人が噂して悩まされるようなことがあっては、普通の身分の者よりも困ることですから、穏やかにだんだんと世間の目が馴れて行くようにするのが、好いことでしょう」と申し上げなさると、
「ただあなたのなさる通りにいたしましょう。こんなにまでお世話いただき、またとないご養育によって守られておりましたのも、前世の因縁が特別であったのでしょう」とお答えなさる。
 御贈物などは言うまでもなく、すべて引出物や禄などは、身分に応じて、通常の例では限りがあるが、それに更に加えて、またとないほど盛大におさせになった。大宮のご病気を理由に断りなさった事情もあるので、大げさな音楽会などはなかった。
 兵部卿宮は、
「今はもうお断りになる支障もないでしょうから」と、熱心にお願い申し上げなさるが、
「帝から御内意があったことをご辞退申し上げて、また再びの仰せの言葉に従いまして、他の話はその後にでも決めましょう」とお返事申し上げなさった。
 父内大臣は、
「かすかに見た様子を、何とかはっきりと再び見たいものだ。少しでも不具合なところがおありならば、こんなにまで大げさに大事にお世話なさるまい」などと、かえって焦れったく恋しく思い申し上げなさる。
 今になってあの御夢も本当にお分かりになったのであった。弘徽殿女御だけには、はっきりと事情をお話し申し上げなさったのであった。

 

《前段の内大臣と源氏のやり取りは、姫のいる御簾の中で行われる儀式の中で交わされたもので、その外には「親王たち、それ以下の方々」が、ギャラリーよろしく、その様子を少しでも知りたい、見たいと興味津々で様子を窺っているのですが、内大臣が出てこられるのがいささか手間が掛っているとあって、また、さまざまに思いを巡らしています。

「あの殿のご子息の中将や弁の君」は内大臣家の子息の嫡男と次男です。彼らはそれぞれに姫に関心を抱いていたのですが、こうした事情を誰かに聞いたようで(「うすうすご存じだった」と言いますから「父内大臣から直接説明を聞いたのではないようだ。女房などから耳にしたのだろう」『評釈』)、思いがかなわないことになったことを知って、一面ではがっかりし、また美しい(らしい)妹ができたのを喜んでもいるのでした。

弟はもう少しで思いを伝えるところだったのですが、まだだったことにほっとします。兄の方は手紙を届けたりしていて、ちょっと気まずいところもあるようです。

その兄弟が、さて源氏はこの姫をどうされるのだろうとささやいているのを知って、源氏は内大臣に、両家一体どちらの娘だろうなどという噂されるのはまずいので、今暫くはこのままに、と耳打ちします。

さて、裳着が終わったとなると、いつでも結婚できるとあって、早速、兵部卿の宮は、改めて、早々にと申し込みますが、源氏は、こちらについても、大宮に初めて話した時(第三段)同様に、帝から尚侍の話があったことにして、そちらの話をきちんと断ってから、と結論を先送りします。

いずれの話も、姫を手放すことになるわけで、まだ、そのことについて最終的には腹が決まらないのでしょうか。

一方、内大臣は、源氏との約束にも関わらず、「弘徽殿女御だけには、はっきりと事情をお話し申し上げ」てしまいました。これを『評釈』は、「女御は、内大臣家の長女であり、内大臣家を代表して宮中にいるのだから」、「諒承を得ていかねばならない」と、話したのだと言いますが、どうでしょうか。

それもあるのでしょうが、そういうふうに手続きをきちんと踏んだ形だと考えるよりも、彼は蛍の巻末の夢を思い出しながら、この大変な事実の一切を黙って自分の腹だけに収めておくということができずに、現在最も信頼できる娘に、「あなたの腹だけに収めておいてくれ」などと言って、そっと話したのだと考える方が、作者の描こうとするこの人らしいような気がします。》

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