【現代語訳】

 翌日、大臣は、西の対に、
「昨日、主上は拝見なさいましたか。あの件は、その気におなりでしょうか」と申し上げなさった。白い色紙に、たいそう親しげな手紙で、こまごまと色めいたことも含まれてないのが、素晴らしいのを御覧になって、
「いやなことを」とお笑いなさるものの、「よくも人の心を見抜いていらっしゃるわ」とお思いになる。お返事には、
「昨日は、
  うちきらし朝ぐもりせしみゆきにはさやかに空の光やは見し

(雪が散らついて朝の間の行幸では、はっきりと日の光は見えませんでした)
 はっきりしない御ことばかりで」とあるのを、紫の上も御覧になる。
「しかじかのことを勧めたのですが、中宮がああしていらっしゃるし、私の娘という扱いのままでは不都合でしょう。あの内大臣に知られても、弘徽殿の女御がまたあのようにいらっしゃるのだからなどと、思い悩んでいたようなのです。若い女性で、そのように親しくお仕えするのに誰かに気兼ねする必要がない者なら、主上をちらとでも拝見して、宮仕えを考えない者はないでしょう」とおっしゃると、
「あら、嫌ですわ。いくら御立派だと拝見しても、自分から進んで宮仕えを考えるなんて、とても出過ぎた考えでしょう」と言って、お笑いになる。
「さあ、そういうあなたこそ、きっと熱心になることでしょう」などとおっしゃって、改めてお返事に、
「 あかねさす光は空にくもらぬをなどてみゆきに目をきらしけむ

(日の光は曇りなく輝いていましたのに、どうして行幸の日に雪のために目を曇らせ

たのでしょう)
 やはり、ご決心なさい」などと、ひっきりなしにお勧めになる。

 

《源氏の言う「あの件」とは、この巻の第二段にあった、玉鬘の出仕のことでしょう。そうすると、彼女の行幸見物は、源氏のその計画遂行のための準備でもあったということになります。

ところで、「あの件」について、『評釈』は、「ここの源氏のことばを見ると、入内して妃となることのようである」と言い、『集成』は「尚侍として宮仕えすること」と言います。先の第二段のところでの玉鬘の反応は、確かに入内を言われているようにも思われるものでしたが、ここで源氏も紫の上も「宮仕え(原文・「宮仕へ」)」として返事をしているところを見ると、『集成』説の方がいいのでしょう。源氏の「中宮がああしていらっしゃるし、…」以下の心配は、姉が中宮(女御)で妹が尚侍というのはどうか、という問題もあるのではないでしょうか。

彼女はその手紙を見て、「『いやなことを(原文・あいなのことや)』とお笑いなさ」ったのでした。自分があの時いくらかその気になったことを、源氏に見透かされたと思ったのです。やはり紫の上の言葉にもあるように、自分から出仕に積極的な気持を見せるというのは、彼女にとっても出過ぎたことのように思われたのです。

返事は、帝をちゃんとは見ていないし、気持も「はっきりしない」という、曖昧なものでしたが、源氏はその返事を紫の上にも見せます。どうやら、源氏の気持ちが、老いらくの恋から、出仕させる方に決まってきたようで、やっと話が前に向かって進みそうです。》

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