【現代語訳】

「このようにいろいろとご注意申すのも、ご不快にお思いになることもあろうかと気がかりですが、あの大臣に知っていただかれなさることにしても、まだ未熟で何のたしなみもないままに長年離れていた兄弟のお仲間入りをなさることはどうかと、いろいろと思案しているのです。やはり世間の人並に落ち着いてこそ、人並みの境遇で、しかるべき機会もおありだろうと思っているのですが、宮は、独身でいらっしゃるようだけれども、人柄はたいそう浮気っぽくて、お通いになっている所が多いというし、召人とかいう憎らしい感じの名の者が、数多くいるということです。
 そのようなことは、憎く思わず大目に見過されるような人なら、とてもよく穏便にすますでしょう。少し心に嫉妬の癖があっては、夫に飽きられてしまうことが、やがて生じて来ましょうから、そのお心づかいが大切です。
 大将は、長年連れ添った北の方が、ひどく年を取ったのに、嫌気がさしてと求婚しているということですが、それも回りの人々が面倒がっています。それも当然なことなので、それぞれに、人知れず思い定めかねています。
 このような問題は、親などにも、はっきりと自分の考えはこうこうだと話し出しにくいことだけれども、そんなお年でもない。今は、何事でもご自分で判断がおできになれましょう。私を亡くなった方と同様に思って、実の母君とお思いになって下さい。お気持に添わないことがあっては、お気の毒で」などと、たいそう真面目に申し上げなさるので、困ってしまって、お返事申し上げようというお気持ちにもなれない。あまり子供っぽいのもよくないと思われて、
「何の分別もございませんでしたころから、親などを知らない生活を習慣にしてまいりましたので、どのように思案してよいものか考えようがございません」と、お答えになる様子がとてもおおようなので、なるほどとお思いになって、
「それならば世間が俗にいう、後の養父をそれとお思いになって、私の並々ならぬ厚意のほどを、最後までお見届け下さいませんでしょうか」などと、こまごまとお話になる。

心の底でお思いになることは、きまりが悪いので、口に出すことがおできにならない。意味ありげな言葉は時々おっしゃるが、気づかない様子なので、わけもなく嘆息されてお帰りになる。

 

《源氏は、自分の気持ちを隠したまま、言い訳や求婚者についてのアドバイスをするのでした。後ろめたさに気兼ねをしながら、玉鬘の機嫌をとろう、歓心を得ようとしているわけです。

もっとも、源氏が言う内大臣に引き合わせない理由も、一応一理あると言えるものです。今内大臣の所に行けば、彼女の出自や経歴では、そのたくさんいる子供たちの中の端っこにかろうじて加えられるにすぎないでしょう。「やはり世間の人並に落ち着いてこそ」、つまりしかるべき男性の妻となって初めて、彼女の存在が認められるというものです。そのためには、さし当たって私の庇護を受けるのが得策だ、というのが源氏の話です。

さてそれでは当面の候補者である二人はどうか(内大臣の息子は、この場合権利がありません)、ということで、二人についての批評です。

兵部卿宮は独身ではあるが、浮気で、すでに幾人かの妻がいること(源氏が批判できることではないような気もしますが…)、もしあなたがそういうことに鷹揚でいられないなら、問題が起こるだろう…。

大将は、妻がいて、その人が年を取っていやになったので、新しい妻を求めての立候補らしく、あまり感心できない、…。

つまり、どちらもあまり積極的に勧める気持にはなっていないようです。そう言っておいて、私に相談しなさいと言う中に、「並々ならぬ厚意のほど」を含ませて、おずおずと様子を窺っている感じです。

しかし、そんな遠回しの思いを玉鬘は少しも察する様子がなく、親代わりの中年男は、「わけもなく嘆息されてお帰りになる」ほかないのでした。

そこには、須磨謫居の前のような善悪は度外視した颯爽とした、強引な言動はすっかり姿を消して、平凡な中年男の若く美しい女性に対する、分別のあるとも言えますが、あえて言えばひとりよがりの年甲斐もない臆病な心寄せが感じられるばかりで、往年の森繁久弥が演ずるとはまりそうな、いくらか品のいい娯楽笑劇を見るようです。なかなか演技力のいる役どころと思われますから、今ならポピュラーなところでは中井貴一あたりでないと勤まらないでしょう。》

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