【現代語訳】1
 そのまま皆宮中にお残しになって宮仕えするようにとのご内意があったが、この場は退出させて、近江守の娘は辛崎の祓い、摂津守のは難波で祓いをしにと、競って退出した。大納言も改めて出仕させたい旨を奏上なさる。左衛門督は、資格のない者を差し上げて、お咎めがあったが、それもお残しになる。摂津守が、

「典侍が空いているので」と申し上げたので、

「そのようにこの度の労をねぎらってやろうか」と大殿もお考えになっていたのを、あの冠者の君はお聞きになって、とても残念だと思う。
「自分の年齢や位などが、このように人並みでないようでなければ、所望を願い出てみたいのだが。思っているということさえ知られないで終わってしまうことよ」と、特別強く執心しているのではないが、あの姫君のことに加えて涙がこぼれる時々がある。
 娘の兄弟で童殿上する者がつねにこの君のところに来てお仕えしているのを、いつもよりも親しくご相談なさって、
「五節はいつ宮中に参内するのか」とお尋ねになる。
「今年のうちと聞いております」と申し上げる。
「顔がたいそうよかったので、無性に恋しく思われる。おまえがいつも見ているのも羨ましいが、もう一度合わせてくれないか」とおっしゃると、
「どうしてそのようなことができましょうか。私も思うように会えません。男兄弟だといって近くに寄せませんので、ましてあなた様にはどうしてお会わせ申すことができましょうか」と申し上げる。
「それでは、せめて手紙だけでも」といってお与えになった。

「以前からこのようなことはするなと親が言われていたものを」と困ったが、無理やりにお与えになるので、気の毒に思って持って行った。

 

《ここの初めのところ、「お咎めがあったが、それもお残しになる」までは、どういう意味があるのでしょうか。

帝の、舞姫達をそのまま宮中に残すようにという「ご内意」があったが、良清と惟光はそれぞれの国でのお祓いがあるからとお断りして退出させたというのです、まず、帝のそういう思し召しに対して、守くらいの身分でお断りできたというのが驚きです。

また、左衞門督の場合、お咎めを受けながら、なお宮中に残されたという話は、何か意味があるのかということです。

そしてさらに、その両方が、この後に何ほどの影響もないようなのに、どうして書かれる必要があったのか、ということも気になります。

あるいは下敷きにした五節にこういう事実があって、それを書いたということなのでしょうか。

さて惟光は、退出させておいて、最初の目論見どおり、「典侍」にしたい旨を源氏に伝えます(これも「ご内意」を受ければそれでよさそうな話でもありますが)。それを源氏が快諾したと知って、夕霧は、そうなってしまっては会えなくなると、その娘の兄弟に手引きの話を持ちかけました。

しかし彼は「特別強く執心しているのではない(原文・わざとのことにはあらねど)」のでした。雲居の雁のことに添えて、ここでも思いが叶わないことになったと、彼は少々意固地になっているようです。》

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