【現代語訳】5

 「主上様もご同様でございまして。御自分のお心ながら、強引に周囲の人が目を見張るほど御寵愛なさったのも、長くは続きそうにない運命だったからなのだなあと、今となってはかえって辛い宿縁であった。決して少しも人の心を傷つけたようなことはあるまいと思うのに、ただこの人との縁が原因で、たくさんの恨みを負うはずのない人の恨みをもかったあげくには、このように先立たれて、心静めるすべもないところに、ますます体裁悪く愚か者になってしまったのも、前世がどんなであったのかと知りたい、と何度も仰せられては、いつもお涙がちばかりでいらっしゃいます」と話しても尽きない。泣く泣く、「夜がたいそう更けてしまったので、今夜のうちに、ご報告を奏上しよう」と急いで帰参する。

 

《どうも気になるところで、賢いはずの命婦の言葉とは思えないような気がします。

 この物語の中で腑に落ちないいくつかの中の一つで、せめて少しでも、自分が悪かったという意味のことを言ってほしいような気がするのですが、ここで命婦が語った帝の言葉は母君にどう聞こえたでしょうか。

この言い方では、まるで帝が人の恨みを買うことになったのは更衣のせいだと後悔して、責任を更衣に押し付けているようです。これまでの話をどう思い返してみても、アクションはいつも帝からのもので、更衣は言われるがままだったはずです。

男が女に直接「お前のために俺はダメになった」と言うのなら、それでもまだ逆説的な愛の表現になる場合もあるでしょうが、それを母君が聞かされたのでは、そのために娘を亡くした母君の立つ瀬はないように思うのです。命婦は慰めるために言っているのでしょうが、私には慰めになったとはとても思えません。

それでも『評釈』は「主上も同じ被害者なのだ、同類があると思えば心も慰もう、主上を恨まないように。命婦はこういう気持ちで言ったのである。」と言います。

さらには、帝の使者として、母君の言葉に対して、それ以上おっしゃってはいけませんよと押さえる意味で言ったのでしょうか。母君もそれを了解してそれ以上言わなかったのか、と思ったりもします。

あるいはまた、それとは別に、帝という立場では、自分の行為は全てが必然のことと考えて、それに対する反省・自責などというものは無いものなのかも知れないと思ったりします。もしそうであるなら、自分の身に、またはその周りに起こる悲劇は全て運命だということになりますから、こういう考え方になることも肯けます。

そういえば前節の母君からの帝への恨み言も、帝へという気持ち言っているのではなく、娘が陥った運命への恨み言だったのかも知れません。》


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