ご挨拶
                                               

 昨年は、「『徒然草』・人間喜劇つれづれ」を語りました。ご愛読ありがとうございました。

今年は、分不相応にこの大作に向き合ってみようと思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。
 かく言う私は、決して源氏物語の専門家などではなく、ただ幾度か通読したことがある一読者にすぎません。が、それでもこの物語は、国宝的傑作として書架を飾らせておくだけでもったいないような気のするお話だという気がします。

それは、貴族社会のただ優雅で甘い愛の物語では決してなく、またもちろん、ある種の映画や漫画で一面的に取り上げられているようなべたべたした愛欲の世界の物語でもありません。

理想の貴公子でスーパーヒーローとされる光源氏にしてから、純粋に二枚目の役を与えられているのではなく、しばしば三枚目を割り当てられて、読者の失笑を避けられません。

作者の目は登場人物に対して思いのほか冷たく、その展開はずいぶんとリアリテイがあって生臭く、十分に社会性を持った、シリアスな、そして時にユーモラスな、つまり普通によくできた物語なのです。そして何よりも、人の心がよく描き出された物語です。

昔、中村光夫氏がどこかで、「スタンダールの『赤と黒』一冊は、ドストエフスキーの全作品に匹敵する」と書かれていた(言われた?)ように思います。

それは、そこに、一つの時代の全体像と、同時にその時を典型的に生きた人間が、総合的・有機的に描かれて、一つの世界を創り上げている、というような意味なのだと思いますが、そうだとすると、我が国では『源氏物語』がまさにそう言えるものではないだろうかと考えて、今年から(今年は、ではありません、何年かかるでしょうか)、この大きな山に向かってみようと思うわけです。

と、とりあえずめいっぱいの大風呂敷を広げておきます。

語るに当たって、教えを受けるべき本は、それこそ無数にあるのでしょうが、手に入りやすいという一点で、下に挙げるわずかな著作を頼りとさせていただきます。

そこに挙げた各書の末尾の括弧の中は、その書を本文中で引用する時の略称です。

中では、『源氏物語評釈』が、帯に「はじめて試みられた新しい形の文学的注釈」とあるだけに確かにおもしろく、また、ともかくこの中では最も詳しいので、鑑賞がやや独創的すぎる点もあるように思われますが、これに添って話を進めていこうと思います。

なお、原文を引用する時は、『日本古典文学集成』本によることとします。

原文は省略して、全文を現代語訳で載せますが、それは「Genjimonogatari Cloud Computing Libraryby Eiichi Shibuya源氏物語の世界」というサイトから転載させていただきます。そこでは全体が短い章段に区切られていて、原文の形とは違っていますが、それもそのまま残しています。

ただし、様々な都合で、後掲の『谷崎』、『集成』、『評釈』を参考に、しばしばその文を変えさせていただきます。

このサイトは、超絶的とも言えそうな大変な労作で、『源氏物語』全巻の本文、ローマ字文、現代語訳文、注釈、翻刻資料(架蔵本、明融臨模本、大島本、自筆奧入)の他に、『源氏物語』関連の様々な研究物が掲載されているという、貴重な資料ですが、作成された渋谷栄一氏の極めて寛大な好意で、「私の作成したテキストに関してはダウンロード及び加工等もご自由です。どうぞご学習やご研究等にお役立てください。知的公共財産として、皆様によって愛されさらに優れたものに進化されることを願っています。」とあって、そのように扱わせていただくことが許されています。

始めるに当たって、渋谷氏のそのご労苦とお志に深く敬意を表し、かつ厚くお礼を申し上げます。

前置きが長くなりました。

なにせ、相手が大物なので、ちょっと力が入ります。

では、今日はともかく最初の一節を見てみることにします。どうぞよろしくお付き合いをお願いします。
                                 安 田 和 彦

         後日記 今浮舟の巻の終わり間近まで来て、この前書きを読み直すと、確かにあまりに「力が 
        入り」すぎていて、気恥ずかしい思いです。
         ありていに言えば、ともかく一応最後まで真面目に面白く読んだ、という自分への
        証し、という程度で抑えておくべきでした。              
         「前書き」も、普通の書籍なら、全巻執筆の後で書かれるものでしょうから、こう
        いう修正もお許しいただけるでしょうか。


参考資料

『源氏物語評釈』 一~一二・別巻二巻 玉上琢彌著 角川書店 (『評釈』)

『日本古典文学集成 源氏物語』一~八 石田穣二・清水好子校注 新潮社(『集成』)

『光る源氏の物語』上・下 大野晋・丸谷才一著 中央公論社(『光る』)

『源氏物語研究叢書Ⅰ 源氏物語の人間研究』 重松信弘著 風間書房 (『研究』)

『源氏物語作中人物論集』 森一郎編著 勉誠社 (『人物論』)
『源氏物語』上・中・下 村山リウ著 創元社(『村山』)

『潤一郎訳 源氏物語』一~五 谷崎潤一郎著 中公文庫(『谷崎』)

『源氏物語の結婚』 工藤重矩著 中公新書

『源氏物語の論』 秋山 虔著 笠間書房(『の論』)

『岩波古語辞典』 大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編 岩波書店(『辞典』)

                                 

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