【現代語訳】1

 入道が、願いがまずまず叶った心地がして、すがすがしい気持ちでいると、翌日の昼頃に、岡辺の家にお手紙をおつかわしになる。立派にたしなみのある娘らしいにつけても、かえってこのような辺鄙な土地に、意外な素晴らしい人が埋もれているものだと、お気づかいなさって、高麗の胡桃色の紙に、何ともいえないくらい念入りに趣向を調えて、
「 をちこちも知らぬ雲居にながめわびかすめし宿の梢をとふ

(何もわからない土地にわびしくものを思っていましたが、噂を耳にしてお便りを差

し上げます)
 『思ふには(思いに耐えかねまして)』」というぐらい書かれてあったであろうか。

入道も、こっそりとお待ち申し上げようとしてあちらの家に来ていて、期待どおりなので、御使者をたいそう痛み入るほどもてなし酔わせる。
 お返事には、たいそう時間がかかる。奥に入って催促するが、娘は一向に聞き入れない。何とも気後れするようなお手紙の様子に、お返事をしたためる筆跡も、恥ずかしく気が引けて、相手のご身分とわが身の程を思い比べると比較にもならない思いがして、気分が悪いといって物に寄り伏してしまった。説得に困って、入道が書く。

「とても恐れ多い仰せ言は、田舎者には身に余るほどのことなのでございましょうか。まったく拝見させて戴くことなど、思いも及ばぬもったいなさでございます。それでも、
  ながむらむ同じ雲居をながむるは思ひもおなじ思ひなるらむ

(物思いされながら眺めていらっしゃる同じ空を眺めていますのは、きっと同じ気持

ちだからなのでしょう)
 と思って見ております。大変に色めいて恐縮でございます」と申し上げた。陸奥紙に、ひどく古風な書き方だが、筆跡はしゃれていた。

「なるほど、色めかしく書いたものだ」と、目を見張って御覧になる。御使者に並々ならぬ女装束などを与えた。

《入道の懇請に源氏の心は動きます。「このような辺鄙な土地に、意外な素晴らしい人が埋もれているものだ」という考えは、彼の認識のように言っていますが、実は十年ほど昔、帚木の巻で左馬頭が吹き込んだ「中の品」の女についての考え方(第一章第三段1節)と同じで、源氏はそうとは意識しないまま、心に残っていたのでしょうか。

これまで源氏の女性関係は、多分葵の上だけは例外でしょうが、空蝉、夕顔、朧月夜、藤壺、末摘花、軒端の荻、そしてなれそめの書かれていない六条御息所も、すべての交際は源氏が偶然に乗じて自分から強引に求めて始まったのでした。

しかし今回は違っていて、一切は当の娘の父親がしつらえたものです。こういうお膳立ての整った形での交際の始まり方は、ここまで語られている限りでは初めてで、まるで近代のお見合いが始まるような様子です。

そしてまた、一応は彼自身もその娘を「立派にたしなみのある方らしい(原文・心はづかしきさまなめる)」と認めるところからスタートしたので、一地方名士の娘に対するにしては随分気合いの入った、改まった調子で手紙を書きます。そして手紙も「高麗の胡桃色の紙に、何ともいえないくらい念入りに趣向を調え」たものになります。

さて、しかし手紙を受け取った娘は、「恥ずかしく気後れして、…気分が悪いといって物に寄り伏してしま」います。プライドとコンプレックスの入り交じった思いでいる彼女の気持ちは察するにかたくありませんが、それは次節にゆずります。

しかたなく今回は入道である父親が返事を書きます。「本来なら女親がかくべきであろう」と『評釈』が言いますが、入道としては任せておけないという気持だったのでしょう。代筆の返事は、娘も同じくあなた様を思っているようです、という、率直なもので、源氏は出家にしてはずいぶん似つかわしくない「色めかし」い書きぶりだ(原文・すきたるかな)と、驚いて読みます。ことの成就を入道がどれほどの思いを掛けているかということを思わせる手紙であり、また入道の源氏への親近感を感じさせもします。

葵の上存命中の左大臣が、同じ思いだったことだろうと、ふと思い出します。》

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