【現代語訳】2

大后は、さらにきついご気性なので、とてもお怒りの様子で、
「帝と申しても昔から誰もがあなどり申し上げて、お辞めになった左大臣も、またとなく大切に育てている一人娘を、兄で東宮でいらっしゃる方には差し上げないで、弟の源氏姓でまだ幼い者の元服の時の添臥に取り立てて、またこの君を宮仕えにという心づもりでいましたのに、愚かしい有様になったのを、一体誰が、不都合なことだとお思いになったでしょうか。皆があのお方にお味方していたようなのを、その当てが外れたことになって、尚侍としてでも出仕していらっしゃるようだが、気の毒で、何とかそのような宮仕えであっても、他の人に負けないようにして差し上げよう、あれほど憎らしかった人の手前もあるし、などと思っておりましたが、その尚侍の君は、こっそりと自分の気に入った方に心を寄せていらっしゃるのでしょう。斎院のお噂は、ますますもって噂どおりなのでしょうよ。何につけても、帝にとって安心できないように見えるのは、東宮の御治世を格別期待している人なのだから、もっともなことでしょう」と、容赦なくいろいろとおっしゃるので、そうはいうものの聞き苦しく、

「どうして、申し上げてしまったのか」と、思わずにいられないので、
「まあ、暫くの間、この話を漏らすまい。帝にも奏上あそばすな。このように罪がありましてもお捨てにならないのを頼りにして、いい気になっているのでしょう。内々にお諌めなさっても、聞きませんでしたら、その責めは、ひとえにこの私が負いましょう」などと、お取りなし申されるが、少しもご機嫌が直らない。
「このように同じ邸にいらっしゃって隙もないのに、遠慮もなくあのように忍び込んで来られるというのは、ことさらに軽蔑し愚弄しておられるのだ」とお思いになると、ますますひどく腹立たしくて、

「この機会にしかるべき事件を企てるのには、よいきっかけだ」と、いろいろとお考えめぐらすようである。

 

《大后は、ひたすら我が子のことを思います。

今上帝が、幼い時から第一皇子であるにも関わらず、人の覚えに関して源氏に後れを取り、源氏ばかりがちやほやされてきたことからして気に入りません。

尚侍の君についても、夫の大臣までもが一時、その憎むべき源氏と結ぼうとし、それが駄目となってやっと出仕させても、尚侍としてであってそれだけでもみっともないと思いながら、これからと思っていたらこの始末で、おまけにあの娘があろうことか自分勝手にその源氏に思いを寄せていて、許し難いことです。

女性らしく(と言うとよくありませんが)思いは乱れて、怒りはあちこちに跳びますが、それもこれも、あの源氏がいることが問題の種なのです。そしてそれは、すべてが今上帝の地位を、つまりは自分たちの権勢を危うくするのです。

あまりの剣幕に大臣は、事を荒立てると娘の傷が公になるかも知れないことを危惧したのでしょうか、言わなければよかったとさえ思って、慌てて大后をなだめようとしますが、すでに遅く、大后の怒りは収まるどころではなさそうで、むしろその言葉は、そこここで大臣の心をちくちく刺します。

大臣は、自分の見込み違いもあり、また今度のことも、そのまま公にすることはできませんから、大后の怒りにただちに満足を与えることもできません。

怒り狂う妻をなだめようとおろおろしている大臣をよそに、大后は策を練らなくてはならないと考えます。「しかるべき事件(原文・さるべきことども)」を企てなくてはならないのです。「『さるべき事』とは何か。昔から政敵を除く手段はきまっている。相手が、時の帝に謀反を計画しているらしいと言いふらし、左遷すること」(『評釈』)です。》


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