【現代語訳】4

 院へ参上なさると、
「とてもひどく面やつれしたことだ。精進の日々を過ごしたからか」と、いたわしくお思いになって、御前でお食事などをお勧めになって、あれやこれやとお心遣いをして差し上げあそばす様子は、身にしみてもったいない。
 藤壺中宮の御方に参上なさると、女房たちが、珍しく思ってお目にかかる。命婦の君を通じて、
「悲しみの尽きないことですが、日が経つにつけてもご心中いかばかりかと」と、お伝え申し上げあそばした。
「無常の世は、一通りは存じておりましたが、身近に体験致しますと、人の世が嫌わしく思われることが多くて、思い乱れておりましたが、度々のお便りに慰められまして、今日までも」と言って、何でもない時でさえ持っているお悩みを取り重ねて、とてもおいたわしい様子である。無紋の袍のお召物に、鈍色の御下襲、巻纓をなされた喪服のお姿は、華やかな装いをしておられる時よりも、優美さが勝っていらっしゃった。
 春宮にも、久しく参上致さなかったことが気がかりであることなどを、申し上げなさって、夜が更けてからご退出なさる。

 

《院が、父親らしく源氏の面やつれを案じて、彼の精進がいかに誠実であったかを読者に保証します。

この人だけが源氏に敬語抜きで話すことがありますが、ここの「とてもひどく面やつれしたことだ(原文・いといたう面痩せにけり)」もそれで、それが大変新鮮で、絶えず人目にさらされているだろう二人の、私的なくつろいだ空間を感じさせます。

源氏の女性への誠実さは、どうも愛情が壊れてからの方が強いようです。女性である作者は、当時の女性の立場から考えて、愛情はいつかは壊れるものとして、理想的な男性とは、そのあとなお女性を大切に思うような男性だと考えていたように見えます。

次いで藤壺を訪ねます。かつて源氏を藤壺に導いた命婦が取り次ぎをします。源氏の思いはいかばかりかと、読む者まではらはらします。

藤壺の方から先に言葉をかけた格好で、また次の源氏の言葉によって服喪中に藤壺から幾度も手紙が来ていたことが知れて、藤壺は源氏に対して決して受身ばかりの気持ではなかったことが分かります。そしてそういう自分の思いに耐えている彼女の姿は、ここまでの彼女のどの場面よりも魅力的であるように私には思われます。

当然東宮のことが話題になりました。実は源氏との間の息子ですが、もちろんそういうことを口にはしないままにですから、そこで交わされる一つ一つの言葉が、すべて裏や含みを持った言葉であろうことは想像に難くありません。久し振りの対面でもあって見れば、二人にとってどれほど濃密な時間だったことでしょうか。「夜が更けてからご退出なさる」の一言が、そのことを、さりげなく、しかしよく示しています。

そして、ともあれこうして、正室・葵の上の逝去に関わる表向きのすべてのことが終わったのでした。》



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