源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第六段 浮舟の母、左近少将を垣間見て失望

【現代語訳】

 宮は、日が高くなってからお起きになって、
「后の宮が、相変わらずお具合が悪くいらっしゃるので、参内しよう」と言って、ご装束などをお召しになっていらっしゃる。見たく思って覗くと、きちんと身づくろいなさった姿がまた、似る者がいないほど気高く魅力的で美しく、若君をお放しになることができずあやしていらっしゃる。お粥や強飯などを召し上がって、こちらからお出かけになる。
 今朝方から参上して、侍所の方に控えていた供人たちは、今しも御前に参上して何か申し上げている中で、こざっぱりしたふうな何ということもない人のつまらない顔をした男で、直衣を着て太刀を佩いている人がいる。御前では何者とも見えないが、
「あの人がこの常陸介の婿の少将ですよ。初めはこの御方にと決めていたが、介の実の娘を得てこそ大切にされたい、などと言って、痩せっぽちの女の子を得たと言います」

「いえ、こちらの女房たちはそんな噂は全然しません。あの君の方からは、よく聞く話ですよ」などと、めいめい言っている。

聞いているとも知らないで、女房がこのように言っているのにつけても、胸がどきりとして、少将を悪くないと思っていたことも残念で、

「なるほど、格別なことはなかったのだ」と思って、ますます軽んずる気持ちになった。
 若君が這いだして来て、御簾の端から顔を出していらっしゃるのを、ちょっと御覧になって、後戻りなさる。
「ご気分がよくお見えでしたら、そのまま帰って来ましょう。やはりお悪いようでいらしたら、今夜は宿直します。今は、一晩でも会わないのは気がかりでつらいことだ」と言って、暫くご機嫌をおとりになってお出かけになった様子が、ずっと見ていても見飽きるということがなく華やかにお美しいので、お出かけになった後の気持ちが物足りなく、物思いに沈んでしまう。

 

《昼になって、匂宮が后の宮の見舞いに行くと言って、部屋から出てきましたので、北の方は、今度は匂宮の正装の姿を見る機会を得ました。「后の宮」は明石中宮で、言うまでもありもせんが、宮の母です。

 侍所には朝から参上して待っていた者たちが大勢いたのでしたが、その中に、たまたまあの少将がいたのでした。北の方は、以前「分別がありそうだし、上品だ」と思ったこの人も、こういう場で見るとまったく「何ということもない人のつまらない顔をした男」に見えて、北の方は自分の不明を密かに恥じる思いです。

 おまけに、彼の今回の縁組はすでに中の君の女房たちにも情報として入っているらしく、こそこそと陰口をきき合っています。

「いえ、こちらの女房たちは…」はちょっと意味が分かりかねますが、初めの「あの人がこの常陸介の…」という話をした人は、中の宮の女房で新来の姫の世話をしている人、その人が、中の宮付きの女房に噂を聞かせたところ、その聞き手から、姫に付いて来た女房から聞いたのかと聞かれての返事で、「こちらの女房」から聞いたのではなく、「あの君の方」、少将の周辺の者が言っていたのだ、と答えた、と考えると話は通じそうです。

それをこっそり聞いている北の方は、自分が笑われているような気がして、ますます恥じ入っています。

 そういう北の方の気持ちとはまるで関係なく、匂宮は優雅に出て行きました。見送って、彼女は、何か素晴らしい夢からさめてしまったような、大きな穴の開いたような物足りなさに、ぼんやりをしてしまいました。》


第五段 浮舟の母、匂宮と中の宮夫妻を垣間見る

【現代語訳】

 宮がお越しになる。見たくて物の間から見ると、たいそう美しく、桜を手折ったような姿をなさっていて、自分が頼りにする人と思い、恨めしいけれど気持ちには背くまいと思っている常陸介よりも容姿や器量も人品もこの上なく見える五位や四位の人が、一斉にひざまずいて控えて、あれやこれやと、あれこれの事務を、家司たちが申し上げる。
 また若々しい五位の人で、顔も知らない人たちも多かった自分の継子の式部丞で蔵人である者が、帝のお使いとして参上した。それがお側近くにも参ることができない、この上なく高貴なご様子を、
「まあ、この方はいったいどのようなお方か。このようなお方のお傍にいらっしゃる幸運なことよ。遠くで考えている時は、素晴らしい方々と申し上げても、もしもつらい思いをおさせなさったらと、嫌なお方とお思い申し上げていたのはあさはかな考えであったことよ。この方のご様子や器量を見ると、七夕のように年に一度の逢瀬でも、このようにお目にかかれてお通いいただけるのは、とてもありがたいことだわ」と思っていると、若君を抱いてあやしていらっしゃる。

女君は、短い几帳を隔てておいでになるが、押しやって、お話し申し上げなさる。そのお二方のご器量は、実に美しく似合っている。亡き宮が寂しくお暮しでいらっしゃった時のご様子を思い比べると、

「同じ宮様と申し上げても、とてもこの上なくいらっしゃるのだ」と思われる。
 几帳の中にお入りになったので、若君は、若い女房や乳母などがお相手申し上げる。廷臣たちが大勢参上したが、気分が悪いと言って、お休みになって一日中を過ごされた。食膳をこちらで差し上げる。万事が高貴で格別に見えるので、自分がどんなに善美を尽くしたと思っても、

「普通の身分のすることは、たかが知れている」と悟ったので、

「自分の娘も、このような立派な方の側に並べて見ても、不体裁ではあるまい。財力を頼んで、父親が后にもしようと思っている娘たちは、同じわが子ながらも、感じがまるで違うのを思うと、やはり今後も理想は高く持つべきだわ」と、一晩中将来の事が思い続けられる。

 

《匂宮がやって来ました。この人には、姫を引き取ったことは伝わっているのだろうかと、ちょっと気になりますが、そういうことは下人一人を雇い入れたくらいの報告の必要のない片隅の話なのでしょう。

 覗き見る北の方には、「たいそう美しく、桜を手折ったような(容姿の美しいことの形容・『集成』)姿」に見えました。以下、介を思い出しての比較ですが、匂宮と比較するのかと思いきや、そうではなくて「一斉にひざまずいて控えて(いる)五位や四位の人」にも劣るという話に、なるほど、それはそうで、匂宮などと直接比べようはあるまいと納得です。

 「顔も知らない人たちも多かった」は当たり前の話のように思われて、むしろ「自分の継子の式部丞で蔵人である者」がいたという方が、意外です。それなら身分的には中の宮よりそちらの方が近いのですから、姫もそこに預けることを考えそうなものだ、という気もしますが、どうなのでしょう。何か、話のはずみで余計な人物を出してしまったような感じです。

 ともあれ、我が頼りとする介が数段階及ばないような人大勢が恐れ入っているこの人は、一体どれほどの人かと、彼女には「天上の神々の図をのぞき見る思い」(『評釈』)といったところです。そして、ついこの間、「二心のない人だけが、安心で信頼できる」と言っていた(第一段2節)ことは忘れて、こんな素晴らしい方なら「七夕のように年に一度の逢瀬でもありがたいことだわ」と思ってしまいました。

 そして、彼女の気持ちはそこでは留まりません。彼女は、二条院のあり様をひたすら感嘆をもって眺めながら、一方で「自分の娘も、このような立派な方の側に並べて見ても、不体裁ではあるまい」と振り返り、「やはり今後も理想は高く持つべきだわ」と、密かな野心を抱くに至ったのです。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

第四段 母、浮舟を匂宮邸に連れ出す

【現代語訳】

 常陸介は、少将の新婚のもてなしをどんなにか立派なふうにしようと思うが、その豪華にする方法も知らないので、ただ粗末な東絹類をおし丸めて投げ出した。食べ物もあたり狭しと運び出して大騒ぎした。
 下僕などは、それをたいそうありがたいお心づかいだと思ったので、君も、

「まったく思いどおりで、上手に娘を貰ってお近づきになれたものだ」と思うのだった。北の方は、

この当座の事を見捨てて知らないふうをするのもひねくれているようだろう」と思い堪えて、ただするままに任せて見ていた。
 客人のお座敷やお供の部屋と準備に騒ぐので、家は広いけれども、源少納言が東の対に住むし、男の子などが多いので、場所もない。こちらのお部屋に客人が住みついてしまったので、渡廊などの端の方にお住まわせ申すのもどんなにか気の毒に思われて、あれこれと思案する間、宮の邸にと思うのであった。
「この御方には、人並みに扱ってくださる人がいないので、馬鹿にしているのだろう」と思うと、特に認めていただけなかった所だが、あえて参上させる。乳母や若い女房二、三人ほどして、西の廂の北側寄りで、人気の遠い所に部屋を用意した。
 長年、このように縁遠かったけれども、他人とはお思いになれない人なので、参上した時には几帳越しなどではなくお会いになり、とても理想的に、感じがとても格別で、若君のお世話をしていらっしゃるご様子が羨ましく思われるにつけても、胸に迫るものがある。
「自分も、亡くなった北の方とは縁のない人ではない。女房としてお仕えするということであったばかりに、人並みに扱ってもらえず、残念なことに、このように人から馬鹿にされるのだ」と思うと、このように押しかけてきてお親しみ申すのもつまらない。

こちらには御物忌と言ったので、誰も来ない。二、三日ほど母君もいた。今度は、のんびりとこちらのご様子を見る。

 

《北の方は、中の宮の許しを大輔の君から知らされましたが、「この当座の事を見捨てて知らないふうをする(さっさと二条院に移ってしまう)のもひねくれているようだろう」と考えて、介の行う「少将の新婚のもてなし」が終わるのを待つことにしたのでした。

 その「もてなし」はおよそ都風ではなく、まったく東国流の質朴剛健、質より量といったものでしたが、下僕はもちろん、少将も、少々無理押ししたけれども、賢い選択をして縁を結んだ甲斐があったと大満足です。

北の方は、そういう品のない婚儀にじっと「思い堪えて」するがままにさせながら、こんなところに姫を置いておくわけにはいかないと、腰を上げます。

 と言っても、行くことにすればしたで、向こうに行ったらどんな扱いを受けるだろうか気にならないわけではありません。中の宮とは異母姉妹であるとは言え、何といっても、八の宮にはついに認知されなかった立場ですから、勇気を出しての参上ということになります。

 行くと、果たして居所としては「西の廂の北側寄りで、人気の遠い所」があてがわれていました。「西といい、北という、人の喜ばない所」(『評釈』)です。

 しかし、中の宮自身は、「几帳越しなどではなく(親しく)お会いになり」ます。その点は北の方も悪くはない気分ですが、そうして向き合ってみると、その居住まいが「とても理想的に、感じがとても格別で」、おまけに「若君のお世話をしていらっしゃる」こともあって、いかにも満ち足りた感じがします。

 北の方は、自分もこのようであり得たかもしれないのに、めぐり合わせが悪かったばかりに、今こうして肩身狭く人の世話にならなければならないと思うと、密かに無念の思いが湧きます。

 「二、三日ほど母君もい」ました。ともあれ、ほっとした気持ちで、我が家とはまるで異なる、みやびな生活をゆっくりと拝見するのでした。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


livedoor プロフィール
カテゴリー
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ