源氏物語 ・ おもしろ読み

ドストエフスキーの全著作に匹敵する(?)日本の古典一巻を 現代語訳で読み,かつ解く,自称・労大作ブログ 一日一話。

第三段 宮と浮舟、橘の小島の和歌を詠み交す

【現代語訳】

 夜のうちにお帰りになるのも、かえって来なかったほうがましなくらいなので、こちらの人目もとても憚られて、時方に手配をさせなさって、川向こうの人の家に連れておいでになろうと予定していたので、先立って遣わしておいたのが、夜の更けるころに参上した。
「万事遺漏なく仕度してございます」と申し上げさせる。

「これは、どうなさるお積もりか」と、右近も急なことに気がそぞろなので、寝惚けて起きた気持ちも身体が震えて正体もない。子供が雪遊びをしている時のように、震え上がってしまった。
「どうしてそんな」などという余裕もお与えにならず、抱いてお出になった。右近はこちらの留守居役に残って、侍従をお供申させる。
 ずいぶんと頼りないものと、毎日眺めている小さい舟にお乗りになって、掉さしてお渡りになる間、遥かに遠い岸に向かって漕ぎ離れて行くような心細い気がして、ぴたりとくっついて抱かれているのを、とてもいじらしいとお思いになる。
 有明の月が空高く澄んで、川面も陰りがないところで、
これが、橘の小島です」と申して、お舟をしばらく止めたのを御覧になると、大きな岩のような恰好をして、しゃれた常磐木の木陰が茂っていた。
「あれをご覧なさい。とても頼りなさそうですが、千年も生きるにちがいない緑の深さです」とおっしゃって、
「 年経ともかはらぬものか橘の小島の崎に契る心は

(年が経とうとも変わりません、橘の小島の崎で約束する私の気持ちは)」
 女も、珍しい所へ来たように思われて、
「 橘の小島の色はかはらじをこの浮舟ぞゆくへ知られぬ

(橘の小島の色は変わらないでも、この浮舟のような私の身はどこへ行くのやら)」
 折もよく、女も美しいので、ただもう素晴らしくお思いになる。
 あちらの岸に漕ぎ着いてお降りになるとき、供人に抱かせなさるのはとてもつらいので、お抱きになって、助けられながらお入りになるのを、とても見苦しく、

「どのような人を、こんなに大騒ぎなさっているのだろう」と拝見する。

時方の叔父で因幡守である人が所領する荘園に、粗末に建てた家なのであった。まだまったく手入れが行き届いておらず、網代屏風など、御覧になったこともない飾り付けで、風も十分に防ぎきれず、垣根のもとに雪がまだらに消え残っていて、今でも曇っては雪が降る。

 

《匂宮は、初めから一晩だけで帰る気はなく、宇治に着く前から、時方に命じて「川向こうの人(後出の「時方の叔父で因幡守である人」)の家」を手配させておいたようです。

夜更けに、そこから、用意ができたと使いが来ました。先に、右近に匂宮がここに着いたと連絡が入ったのも「夜が更け」たころでした(前段)から、宮は、来るなりすぐにそちらに出かけることになった、ということでしょうか。

右近は、宮のおいでなど思いもかけないで、気を許してのんびり寝ていたところを突然の訪問に跳び起きたばかりのところに加えて、さらに急な思いもかけない展開を呑み込めないまま、右近は、ただもうおろおろしているばかりです。

宮は、そういう右近をしり目に浮舟を抱き上げて連れて行きます。咄嗟に右近は、侍従を同行させ、自分は後に残って弥縫策を担当することにしました。機敏な措置です。

抱き上げられた浮舟は、「ずいぶんと頼りないものと、毎日眺めている小さい舟」に乗せられて、ただもう「ぴたりとくっついて抱かれて」います。源氏と夕顔の十五夜の逃避行(夕顔の巻第四章第二段)を思い出すのですが、ここは舟ですので、『矢切の渡し』(あれは、ちあきなおみのものがいいです)の図とでも言いますか、もうすっかり世を忍んで愛し合うものの姿です。

船頭が「これが、橘の小島です」と言って舟を止めました。この島は『古今集』に詠まれた歌枕で、船頭の心遣いです。その教養といい心遣いといい、こういう端役までさすがにえりすぐりが選ばれています。ちょっと気が利きすぎているような気もしますが、浮舟の歌を引き出すためには必要です。
 そ
の浮舟の返歌がこの巻の名とこのヒロインの呼び名の出所ですが、この物語の多くの女性の呼び名の中でも、特にその人のあり様を直接的に表しているという点では、夕顔と並んで代表的なものと言えるでしょう。そしてその二人の女性に、ものはかなげな様子やあやうげな道行に導かれるなど多くの共通点が見られるのも興味深いところです。

匂宮は浮舟を抱き上げて家にいざなうのですが、供人はそれを、我が殿様の品位が下がると眉をひそめて見ています。しかしもちろん今や匂宮にそういう顧慮はありません。

上った屋敷は、これまた「夕顔」のときの「なにがしの院」と同じく、粗末なところで「風も十分に防ぎきれず」という有様でした。夕顔の場合は「物の怪」の登場の場ですからそう出なければならなかったのですが、ここは物語の展開上では必ずしもその必要はなさそうです。瀟洒な屋敷でもよかったのでしょうが、浮舟のはかなさとぬぐいがたい東国育ちの野趣を印象付けている、ということでしょうか。》

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第二段 匂宮、雪の山道の宇治へ行く

【現代語訳】

 あの方のご様子にもますます大変だとお思いになったので、あきれるほどの算段をしてお出かけになった。京では「友待つ(後から降る雪を待ち顔に消え残っている)」というほどの雪が、山深く入って行くにつれて、だんだんと深く積もって道を埋めていた。いつもより難儀な、人影も稀な細道を分け入っておいでになるときは、お供の人も泣き出したいほど恐ろしく、厄介なことが起こる場合まで心配する。

案内役の大内記は式部少輔を兼官していた。どちらの官も重々しくしていなければならない官職であるが、とても似合わしく指貫の裾を引き上げたりしている姿はおかしかった。
 あちらでは、いらっしゃるという知らせはあったが、

「このような雪ではまさか」と気を許していたところに、夜が更けてから右近に到着の旨を伝えた。

「なんとまあ深いお志」と、女君までが感動した。右近は、

「どのようになっておしまいになるお身の上であろうか」と、一方では心配だが、今夜は人目を憚る気持ちも忘れてしまいそうだ。お断りするすべもないので、同じように親しくお思いになっている若い女房で、思慮も浅くない者と相談して、
「大変に困りましたこと。心を合わせて、秘密にしてください」と言ったのであった。

一緒になってお入れ申し上げる。道中で雪にお濡れになった薫物の香りが、あたりせましと匂うのも、困ってしまいそうだが、あの方のご様子に似せて、ごまかしたのであった。

 

《作文の会の折の、薫の「衣かたしき」と口ずさんでいた心の深さに加えて、彼の「少し老成した態度や心配りなどは、特別に作り出したような、上品な男の手本」という貴公子ぶりに、匂宮は「ますます大変だとお思いになっ」て、すっかり自信を無くして心配になって来ました。

 彼は意を決して、再び宇治に実力行使に向かうことにします。

 しかし思い立って出てはきたものの、道中はこれまでにも増して難儀な雪の細道、都の優雅な暮らしから出てきた匂宮はもちろん、多少のことには慣れているはずの「お供の人も泣き出したいほど」で、おまけに前回匂宮が嘘として語った盗賊の心配までしなくてはなりません。

 すっかり案内として定着させられた内記は、学者としてしかつめらしく宮仕えをする身なのに、後の出世のことを考えれば、今はその役廻りに相応しく「指貫の裾を引き上げたりして」懸命の奉仕です。

 迎えた浮舟の側はよもやの訪れに驚くやら嬉しいやら、また薫のことを思えばこんなふうなことを受けていて末には「どのようになっておしまいになるお身の上であろうか」という心配やらもあるのですが、もちろんお断りなどできるはずもなく、また浮舟ご本人が「なんとまあ深いお志(原文・あさましうあはれ)」と心を打たれているとあって、迎えるしかありません。

 しかしあくまでも秘密のこと、周囲には薫の訪れということにしなくてはなりませんから、右近はそこを手抜かりなく、対応は自分と信頼できる女房一人、宮の匂いは薫のものということにして、万事の手配をします。

 ところで、ここに出てくる「若い女房」は次の段では「侍従」と呼ばれていて、薫が浮舟を宇治に連れて来た時に(東屋の巻第六章第五段)車に同乗した人のようですが、以後、右近とともに物語の中で大きな役割を担うことになります。ちょっと先回りになりますが、この二人について、『講座』所収「浮舟物語の家司・女房たちの役割」(沢田正子著)が「通常二人の女房といえばどちらも似たようなもので、双方の登場場面を入れ替えてもほぼ通用することが多いが、ここでは二人の個性、性情が描き分けられ、役割分担も明らかであり、まったく別の人格として造形されている」と語っていて、読むにつれてなるほどと思われます。

 なお同書は前の匂宮来訪の後、「右近はなぜ早急に乳母や母君に事実を告げ大人たちの知恵を借りようとしなかったのか」という疑問を呈しています。確かにそうしていればあるいは今回のこのことはなかったのかも知れないのですが、同書自身が言うように、あの時「右近は自らの過失(宮を薫と誤ったこと)に気を取られ、女君の運命の行くえを見失っていた」ということなのでしょう。

こうしていったん自分で引き受けてしまった過失の後始末は、次々に彼女に新たな糊塗を求めていくようになります。》

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第一段 二月十日、宮中の詩会催される

【現代語訳】

 二月の十日ころに、内裏で作文の会を開催あそばすということで、この宮も大将も同じように参内なさる。季節に適った楽器の響きに、宮のお声は実に素晴らしく、「梅が枝」などをお謡いになる。何事も誰よりもこの上なく上手でいらっしゃるご様子で、つまらないことに熱中なさることだけが、罪深いことであった。
 雪が急に降り乱れ、風などが烈しく吹いたので、御遊びの管絃は早く終わりになった。この宮の御宿直部屋に、人びとがお集まりになる。食事を召し上がったりして、休んでいらっしゃった。
 大将が誰かに何かおっしゃろうとして、少し端近くにお出になると、雪がだんだんと降り積もったのが星の光ではっきりとしないのを、「闇はあやなし(香りだけでその人と分かる)」と思われる匂いや様子で、「衣かたしく今宵もや(衣を独り敷いて今夜も宇治の姫君は待っていることだろう)」と、ふと口ずさみなさったのも、ちょっとしたことを口ずさみなさっただけでも、妙に胸を打つ風情のある人柄なので、たいそう奥ゆかしく見える。
 他に歌はいくらでもあろうに、宮は寝入っていたような様子でいてお心が騒ぐ。
「いい加減には思っていないようだ。独り寂しくいるだろうと、私だけが思いやっていると思っていたのに、同じ気持ちでいるのも分かる気がする。やるせない話だ。あれほどの元からの人をおいて、自分の方にいっそうの愛情をどうして向けることができようか」と悔しい気持ちにおなりになる。
 早朝、雪が深く積もったので、詩文を献上しようとして、御前に参上なさったご容貌は、最近特に男盛りで美しい感じに見える。あの君も同じくらいの年齢で、もう二、三歳年長の違いからか、少し老成した態度や心配りなどは、特別に作り出したような、上品な男の手本のようでいらっしゃる。帝の婿君として不足がないと、世間の人も認めている。詩文の才能なども、政治向きの才能も、誰にも負けないでいらっしゃるのだろう。
 詩文の披講がすっかり終わって、参会者皆が退出なさる。宮の詩文を優れていたと朗誦して誉めるが、何ともお感じにならず、

「どのような気持ちで、こんなことをしているのか」と、ぼんやりとばかりしていらっしゃった。

 

《しばらくして「作文の会」が催され、そこで二人が鉢合わせをしました。薫は、浮舟と匂宮のことを知りませんから、ひとり自分の思いの中にいますが、匂宮の方は薫が気になって仕方がありません。

 雪で、「御遊びの管絃」が早じまいになって、宮中の匂宮の部屋に若い者たちが集まっていると、その中で薫が、誰かに何かを言いつけようと端近に立って行きます。そして降りしきり深く積もった春の雪を見て、宇治の浮舟を案じて、ふと「衣かたしき今宵もや」とぽつりと口にしました。

 それを耳にした匂宮は心を騒がせます。「私だけが思いやっていると思った」という考えの甘さにも驚かされますが、それ以上に、その後の、「あれほどの元からの人をおいて、自分の方にいっそうの愛情を、どうして向けることができようか」という不安は、それ以上に驚きです。世間から色好みの第一人者と言われていた人はもっと自信家だろうとなんとなく思っていたのですが、そうではないようです。そういえば中の宮に対しても同じように薫との間を疑っていました。が、あれはまだ疑いの範囲でした。ここでは自分の負けを思って慌てているのです。恋する男の気弱さ、ということでしょうか。

 ということは、逆に彼の浮舟への思いがかなり本物だということを示しているように思われます。

 翌朝、彼のそういう目で見た薫はこの上なく素晴らしい貴公子に見えました。

以前、薫には「きよげ」と第二等の言葉を使い、匂宮には「きよら」という第一等の言葉で言うという『光る』の説を挙げました(第二章第八段)。しかしここにある「美しい感じに見える」は匂宮についてのことで、原文では「きよげなり」であって、明快な説のようでしたが、なかなか一筋縄ではいかないことのように見えます。

すでに浮舟の心を奪ったしまっている宮の美しさの方を一ランク下げておいて、次の、そのことを知らない薫を相対的に上にあげることで、浮舟に対する二人の関係の特殊性を際立たせる、といったような意図があるのかも知れません。

匂宮は自分の詩文が皆から誉められ、口ずさまれるのですが、宇治のことばかりが思われて、もうすっかり上の空です。

なお、途中、「あの君(薫)も同じくらいの年齢で、もう二、三歳年長」とありますが、振り返ると実は、逆に匂宮の方が数か月年長だったはずです(横笛の巻第三章第一段)。これについていろいろな解釈があるようですが、やはり『評釈』のいうように「(いずれも)苦しい説明である。すなおに作者の誤りとするほうがよかろう」という見解を採りたいと思われます。》

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